1!
新連載です。
一応、最後まで書ききっているので投稿ペースは気づいたときにって感じです。
ちなみに編集はあまりしていないので、誤字脱字は触れない方向でお願いします
大きな空間。
そこは円形の闘技場のような場所で、その闘技場の外周に沿って等間隔で松明の明かりがともっていてそれがこの場所から暗闇を遠ざけていた。
そこには強い戦闘の気配と濃い血の匂いが漂い、今も鉄と鉄がぶつかり合う音が聞こえている。
その音も少しするとやみ、場には血の匂いと静寂だけが残った。
「かかか。ボクの負け、かぁ」
「あぁ、貴様の負けだ。だが、一人で俺とここまでやってくれるとはとても思っていなかったぞ」
闘技場の中心に二人の男がいた。一人目はまだ若々しい容貌をしていて、男というよりは少年と呼んだほうがよさそうだ。少年は体のところどころから血を流して、息も絶え絶えになりながら地面に座っている。少年の額には銃が突きつけられているが、少年は楽しげに笑っている。
もう一人の男は堂々と仁王立ちをしている。その男は精悍な顔立ちをしていて歴戦の戦士のようだ。その男は息こそ整っていたが、左腕がない。その断面からは血が滴っていて、傷がつい先ほどつけられた生々しいものであるということを何よりも雄弁に語っている。その男は銃の先端についている銃剣を少年に突き付けているというのに苦い表情をしている。
今の状況を見るに男が勝者で少年が敗者なのだろうがその表情は全くのあべこべだった。
男が苦い表情のまま銃を下ろす。少年が敗北を認めたのでこれ以上銃を突き付けている意味はないだろう。
「最初に一人でここまで来たときは貴様の正気を疑ったが……これほど戦えるのなら一人で来ても不思議はないか」
「別に一人で来たかったわけじゃないし、勝てるとも思ってなかったよ。それでも負けるのは悔しいかな」
少年は床に寝そべると天を仰ぐ。と言っても空や星々が見えるわけではなく目に見える位置に天井がある。男も床に腰を下ろすと少年のように寝そべりはしなかったが上を仰ぎ見て、深く息を吐いた。
二人は何か言葉を紡ぐでもなく何もない天井を見ている。二人の間には穏やかな空気が流れている。
その空気を男が破り、少年に話しかけてくる。
「とても楽しかったが、俺はルールとしてお前の記憶を消さなきゃならない」
「知ってるよ。それは納得してきた、というわけではなく予期せず知ってしまったというのが正しいかな? しかも知った時にはもう取り返しがつかないときた。本当にこの階層はよくできてるよね」
「俺が創ったわけではないのだがな。ま、お褒めの言葉はありがたく受け取っておこう。それで、一つ聞きたいんだがいいか?」
少年は体を起こすこともせずに手だけで続きを促してきた。
「それじゃ遠慮なく。お前の実力ならここまで無傷でこれたんじゃないか? なのに、なぜ俺の前に来たときは疲労困憊だったんだ? まぁ、疲労困憊で俺の腕を一本持って行ったのは素直にすごいと思うがな」
男の前に少年が来たときには少年はもうボロボロだった。体のところどころからは血を流していて、疲労もそれなりにあるようには見えた。だが、この少年は自分の姿を見るや否や、疲れを感じさせないような烈火の勢いで攻撃してきたのだ。
その過程で万全のコンディションで挑んだこちらの左腕を切り落としたのだから相当な腕を持っていたのだろう。少年の腕を見誤って油断していた少し前の自分を殴りつけながら叱ってやりたい。お前の前にいるのは傷ついた子猫ではなく怒りに我を忘れた虎なのだと。
さっきも男が言った通り、この階層にある罠は決して楽ではないが少年の腕なら別に無傷でも悠々と突破できるほどのものでしかない。この階層は最終的に男の前に辿り着いて男を倒すことが目的なのでそれほど難しくする意味もない。
こちらの質問に少年は苦笑を顔に浮かべた。
「一人だったら、ね。守るものがあるような状態では思うような力が発揮できるはずもなかったよ」
少年の苦笑の奥には深い悲しみが見えた。その悲しみがあったからこそさっきはあれほどの勢いで突っ込んできたのだろう。
少年の話を聞く限り、この階層には一人できたわけではないのだろう。その付き添いが足手まといになったせいでここまで傷ついてしまったのだろう。
今となってはもうかなわない願いではあるのだが万全の状態の少年と戦ってみたかった。だが、その願いは叶わない。なぜなら男が勝者で少年は敗者だからだ。
男は立ち上がると少年に近づいていき、少年の頭をつかんだ。
「今から俺はルールに従ってお前の記憶を奪う。これがこの階層の、というか俺との戦闘に敗北したことへの罰だ」
「だから、さっきも言ったよ。知ってるって」
少年は今から記憶を消されるというのにさっきから浮かべたままの笑顔を崩していない。
その笑顔は諦めた時に出てくるものではなく、心底やりきったからこそ出てくる笑みだ。少年はさっきの戦闘に満足したのだろう。
「記憶に関して何か希望があるなら聞くが、どうする?」
「なら、記憶を消さないでほしいかな?」
「それは無理だな。他で頼む」
「そうだな……」
少年の頭の中をいろいろな記憶が浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。その記憶の海の中には美しいものも思い出したくないような汚いものもあったがどれもこれも唯一無二のかけがえのない記憶だ。そこに優劣などつけられない。
これがボクの見れる最後の回想かな。そう思うと無性に記憶を捨てたくなくなったが、しょうがない。これもルールだからね。
それにしても願いと言われてもなんかあったかな……。
自分の心に問いかけてみたら一つだけ返答が返ってきた。それを特に深く考えることもなく口に出した。
「俺の記憶の中に『華』って女の記憶があると思うからそれは入念に消してくれるとありがたいかな」
「わかった。……それじゃ、次にお前が目覚めたときお前は生きていくうえで必要な記憶以外は忘れている。だが、俺のことを思い出してまた来てくれよ。いつまでも待ってるぜ?おやすみ」
男のその声に合わせて意識が遠くなっていく。それと同時に頭の中から今までの記憶が泡になって消えていくような感覚がある。その感覚を感じながら深く目を閉じた。