わがままの理由
めずらしく彼女が家に来た。いつもと雰囲気が違う洋服を着て。
そこが変わっただけで彼女はいつもと変わらず、気さくな笑顔を見せた。
彼女は来るなりソファの右側に座った。(そこは彼女の特等席だから)
俺はコーヒーをふたり分ガラステーブルに置いて、テレビに目を向けた。
「ちゃんと片付いてんね」
「一応な」
「O型のくせに几帳面」
「いいじゃねえか別に」
“O型のくせに几帳面”という言葉に心臓が高鳴った。
そしてあまりに彼女が美しい表情をしたから、彼女を見つめることができなかった。
コーヒーカップとスプーンがぶつかる音が頭の片隅で聞こえた。
耳を澄ませば、昨日の夜から降っている雨の音も聞こえた。
午後になって雨足は増して、彼女はこの雨の中俺の家に来たんだと思うと胸が歯痒くなった。
「なーんか暇」
「なに?どーすんの」
「海行きたいなあ、海!」
「うみ?雨降ってるじゃねえか」
「いいじゃん。車あるんだし」
「しかも夏でもねえのに」
「夏の海じゃないのも素敵じゃんか」
「ぜってえ嫌」
たばこに火をつけると、怪訝そうな顔をこちらに向けた。
それと同時に彼女のねだり攻撃が始まった。正直鬱陶しい。
なんで海なんだ?なんで今なんだ?イベントがあるわけでもないのに。
大体、俺の彼女はこんなにわがままじゃなかった。
むしろ初めてだ。こんなわがままな彼女を見るのは。
身体全体で疑問を感じながらも、平静を装って彼女に聞いてみた。
「なんで海?」
「行きたいから」
「なんで今?」
「行きたくなったから」
「わがまま」
「いいじゃん」
「なんでこんないきなりわがままになったんだよ」
「・・どうゆうこと?」
「今までお前、あんまりわがままとか言わなかったじゃん」
「いいじゃない、たまには」
長い間ずっと一緒にいるからじゃない。確かに彼女の表情は変わった。
これは小さな子供にでも分かるような変化だった。
彼女はまた声を張り上げて、「行こうよ!」と俺の腕をとった。
それでも俺は気が乗らなかったので、ソファから動かなかった。
「ねえ、行こうって」
「今度でいいじゃねえか」
「やだ。今がいい」
「しつけえぞ」
「お願いだから」
「いやだっつの」
「・・だったら、」
「あ?」
「だったら、あの女と別れて」
たばこの灰が、俺の指に落ちた。
(なぜか熱さは感じない)(感じるのは、彼女の痛いほどの我慢)
彼は浮気をしていてたんですね。
彼女の我慢は泣くこととか怒りとかですね。
コメント、批評など頂けたら幸いです。