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勇者

作者: 白石結衣

職業大学生兼勇者である私は、勇者を求める世界への出動要請を受け、まばゆい光と共に勇者ルックで異世界へと降り立った。

魔物の気配が満ち淀んだ空気にやれやれと息を吐いて、一歩踏み出そうとしたところで目前に光の玉が出現した。

何奴っ!と装備品の剣を構えると、次第に薄れる光の中から現れたのは大学の後輩である男だった。


「ひろみ先輩っ!良かった!」


尻尾を激しく振って喜びを表す犬の幻影が見えそうなほど喜色満面の男に抱き付かれながら、初めて見る異世界召喚に、眩しすぎだと内心で悪態を吐いた。いやだって、いつもはする側だからどんだけ眩しいかなんて分かんないのですよ。これかなり目がやられるね。もっと短時間に出来ないのかね。


「えーとそれで、何故ここに?」


抱き付く男、もとい後輩の田之倉を引き剥がし、切れ味抜群の愛用剣を鞘に納めながら尋ねる。


「先輩が勇者やってるって知って追いかけてきたんです!」

「…何故に?」

「だって先輩、金曜日は講義入れてないから3日間も会えないんですよ?連絡も全く取れないからなにしてるのかと思って調べたら勇者なんて危険なことやってるし」

「全く意味が分からない」

「だからぁ、もう俺はひろみ先輩と1日だって離れていられない身体になっちゃったんです!」


あれ?日本語が理解出来ない。おかしいな。自動翻訳の魔法でどこの世界の言葉でも問題ないはずなのに。主任が間違えたのか?


「あー、あのさ、なんか調子悪いみたいだから一旦帰るわ。言ってること分かる?」

「ひろみのことならなんでも分かってるよ」

「うわー、何言ってるのか全然分からないな。ったくあの人なにしてくれたんだか」


主任への愚痴を溢しながら、帰還すべく機械を操作していると、殺気を感じ空気が一段と重く淀んだ。

振り返れば案の定魔物がいて、しかも魔力の強い人型なことに思わず舌打ちする。魔物の親玉の側近が、勇者の気配を察知して偵察に来たのだろう。防御の為の結界を張り、剣を抜いたところで、隣の存在を思い出した。

ちらりと横へ視線をやると、戦闘が始まろうとするこの場に相応しくない洒落た普段着姿の男が所在なさげに立っている。


「田之倉、まさかと思うけど戦闘経験は?」

「ないに決まってるじゃないですか。俺は勇者じゃありません」


こちらを窺う魔物を牽制しつつ隣に尋ねれば、頭を抱えたくなるような言葉が返ってきた。右手で剣を構えながら左手で素早く帰還装置を操作する。三秒からのカウントダウンが始まったことを確認して田之倉に押し付けると、一気に魔物との距離を縮めて斬りかかった。

せんぱいっと泣き出しそうな情けない声が耳に届き、背を向けていても眩しく感じる光が数秒続いたあと、その場に立っていたのは私だけだった。

目が眩み、避けることも出来ずに斬り倒されただろう足下の魔物を見やり、あの痛いくらいの光も役に立つなと一人頷いた。


滞在二日目にして親玉の城を襲撃し、激闘の末勝利を納め、この世界の代表者(王様)へ挨拶してから予備の帰還装置を使って帰ってきた。主任に、翻訳魔法がおかしいと訴えると、そんなはずはないと言われて口論になったので、奥様にチクってやる!といつもの捨て台詞を吐いて帰途についた。


「せんぱいっ!お帰りなさい!」


部屋の中に田之倉がいた。

思わず引き返して玄関の表札を確かめるが、自分の部屋で間違いない。首を傾げながらも目の前の男が五体満足なことに安堵する。


「ちゃんと帰れたみたいだな。怪我はないか?」

「先輩こそ!俺心配で心配で…」

「で、なんで私の部屋にいるんだ?」

「お疲れの先輩のために掃除洗濯と食事の準備をしておきました!お風呂も沸いてますよ。さ、ゆっくり暖まってください」

「ん?あぁ…ありがとう…?」


ローズの入浴剤が入った湯船を満喫し、ほかほかの身体でキッチンへ行くと、慣れ親しんだ醤油の香りが鼻腔を擽る。ぐぅと鳴ったお腹を叱ることなく、田之倉の作った和食中心の料理を頬張る。


「先輩、お口に合いますか?」

「あぁすごく美味しい。田之倉は、顔も頭も料理の腕も良いんだな」

「料理は、先輩の為に練習したんですよ」

「私の為に?何故?」

「こうして疲れを癒してあげたかったんです。先輩はいつも夕飯はカップ麺ばかりでしょう?健康に悪いなっていつも思っていたんです」

「そうか…?あ、そーいえば、田之倉はなんであの世界にいたんだ?」


田之倉の言葉の端々に潜む違和感の正体に気付かないまま、後回しになっていた質問をようやく投げ掛けた。


「だから追い掛けたんですって。何回か先輩の後をつけて、あの怪しいビルに用があることは分かっていたので、実家の力を駆使して先輩の在籍する会社について調べあげたんです。勇者なんて、最初は信じられなかったけど、先輩が目の前でパッといなくなったら信じるしかないですもんね」

「…何を言っているのかさっぱり分からないな」

「嘘。ホントは分かってるんでしょ?」


簡単な話だよ、と薄く笑って続いた言葉は、恐ろしいほど甘く重い愛の告白だった。




「俺も勇者になるから。それで、先輩が異世界に行くときは必ず追い掛ける」

「…そんな簡単になれると思うな」

「簡単だよ。だって先輩のことこんなに愛しちゃってるんだから」


でもその前に寿退社かもね、とベッドで酷使された私の耳元で艶っぽく囁いた田之倉は、僅か数日で勇者となり私が逃げるように異世界へ降り立つ度に光輝いて追い掛けてくるようになる。

1日だって離れられないと、必死に言い募る田之倉に絆されて、数年後には勇者を引退、追いかけっこは幕を閉じる。



終わり

異世界とタグに入れたかっただけです。

誤字等ご容赦ください。

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