朝靄の告白
わたしの初恋。
好きな人がいる相手に恋をしてしまうなんて思いもしなかったのを覚えています。いま思い返すと恥ずかしさのあまり何処かへ逃げ出したくなります。でも、それもいい思い出かもしれません。
わたしがいくら話しかけても、アピールしても、君の喜びそうなことを頑張っても、絶対に好きにはなってくれませんでした。だって好きな人がいるのだから当然です。わかっていますとも。
一生片思いでいるなんて、辛いだけだと思っていたけれど、案外そんなことはありませんでした。挨拶をしたら笑顔で返してくれて、落とした消しゴムを拾ってくれて、授業でわからなかった範囲を丁寧に教えてくれて、放課後に何人かで遊びに行ったりして、傍に君がいるだけで、声が聞こえるだけで、わたしの胸がはずむのです。
わたしが黒板を消していると、背中から「上届かないでしょ」って君の声が聞こえて、さりげなく手伝ってくれたのが一番嬉しかった。横を向いたら君がいる。背の高い君を下から見上げるとね、窓から差し込む日差しの中、綺麗な首筋とか髪で半分隠れてる耳とか睫毛とか、真剣な眼差しをこっそり見つめることができるの。
ただそれだけで十分しあわせでした。
でも少々欲張りなわたしは、君の好きな人のようになろうって思ってしまいました。話し方や髪型、何気ない仕草も真似ていきました。日に日に君の好きな人へ近づいていく。それはわたし自身もよくわかっていました。そしてある日。
「最近似てきたと思っていたんだ。でもいくら彼女の真似をしても、きみは彼女にはなれない。誰も、彼女にはなれないんだよ」
優しい目でそんなことを言わないでほしかった。いっそ怒ってくれればいいのに――でも君は怒らないよね。ずっと片思いをしているのだからそれくらいわかるよ。
わたしの初恋。
あぁ、なんて、なんて贅沢な片思いだったのだろう。一番好きな君の近くにいられて、毎日言葉を交わせて、悩みを聞いてくれて、困っていたら助けてくれて、じつは片思いが嘘なんじゃないかって思っちゃうくらい仲が良くって。君のことを考えている一秒一秒がしあわせでした。何度も何度も君に「好き」と言ってしまいたかった。でもね、言わないって決めていたことなの。それは好きになった次の日からずっと決めていたことなんだ。
きっとこれ以上ない片思いをできたわたしは幸福でした。
恋をした次の日の朝。夜から朝へ変わる境界に漂う靄の中、犬の散歩をしている時に君が好きな人に告白している姿を偶然見てしまいました。もちろん夢にも思っていませんでした。そして、断られたのも知っていました。
告白して断られた片思いの君と、君に告白しない片思いのわたし――片思いも悪くないよね。
読んでいただきありがとうございました。
予定より1日遅れで申し訳ありませんでした。
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