第1話 ルプスの森
「ラファル、ラファル聞いてるのか!」
「はいはい、聞いてますよ小隊長殿」
今日の午後、王都の傍にある森にラファルの所属する小隊を含む、3小隊で魔獣狩りに行く事になった。
「なんだその態度は、私はお前が疾風のガイル殿の弟だからと容赦はせんぞ」
また兄さんか。一々五月蝿ぇな、そんな事わかってんだよ。大体てめぇは口だけで大した実力も無ぇ癖に人に当たってんじゃ無ぇよ
ラファルは心の中で悪態を吐いた。
「わかっております小隊長殿。13時に正門に集合、それまでは普段通り警邏をする。以上でよろしいですか」
ふてぶてしい態度で答えたラファルに、まだ文句を言いたそうにしながらも小隊長は、うむと頷いた。
「こらラファル、あんまり小隊長に迷惑かけないの」
ラファルの耳に、後ろから聞き慣れた声が届く。その声の主はラファルの頭をコツンと軽く叩いた。
「こ、これは騎士セレナ、滅相もない。ラファルは非常に真面目で迷惑なぞ一つもかかっておりません」
この小隊長殿は何嘘吐いてんだよ。
ラファルは小隊長の態度に、侮蔑の視線を向けた。
「ゴメン、セレナ。もうメーワクかけないようにするわ」
ラファルはセレナに、ヒラヒラと手を振る。
「おいラファル、貴様は何故騎士セレナに無礼な口を利いているのだ!」
「いいんですよ小隊長さん。ラファルとは長い付き合いだから、大体こんな感じですし。それに口が悪いのも今に始まった事じゃ無いですしね」
セレナは穏やかな微笑みを浮かべる。
大体俺を甘やかしたのはセレナと兄のさんだろう。
にこやかに言うセレナに対して、ラファルはそんな事を思った。
「そうでしたか。疾風の騎士ガイル殿の弟ですから、騎士セレナとお知り合いでもおかしくはありませんな。だからですな、ラファルは今時珍しく熱心な若者なのは」
何を言ってやがりますか、小隊長殿は。
ラファルは小隊長の言葉に米神をヒクつかせた。
「失礼ですが小隊長殿。小隊長殿は以前、平民の分際で騎士なぞ、貴様の兄も平民の出だったな、どうせ碌な教育も受けていないんだろう。と仰有っておりましたが? それに、平民には何も出来ないと警邏以外の仕事をほとんど与えられておりません。そのような状態では熱心になどなれませんし、熱心に仕事をした記憶は俺にはありません。大体いつもどれだけ頑張ろうが、平民はやる気がないと仰有っているではありませんか」
ニヤリと嫌みな笑みを浮かべるラファルの言葉に、小隊長は顔を真っ赤にして、セレナに言い訳していた。
セレナは上級貴族の出なのに差別が嫌いなのだ。
そんな事を聞かれては自分の首が飛ぶとでも小隊長は思ったのだろう。
そんな小隊長を放ってラファル達小隊員は警邏に向かった。
ラファル達の小隊は小隊長を除き、皆平民の出だから誰も小隊長を庇おうとしなかった。
「ラファル! もうあなたは何を考えているの?」
後ろから追いかけてきたセレナは、そんな事をいいながらも顔はにこやかだった。
「何をって、あいつ上の人間にはへーこらしてるから、からかっただけだけど」
平然と言い放つラファルの言葉にセレナは額を押さえ、呆れたように溜め息を吐いた。
「昔はセレナお姉ちゃん、セレナお姉ちゃんて言って後をついて来るかわいらしい子だったのにどこで教育を間違ったのかしら?」
首を傾げながら言うセレナだが−−いつの話してんだよ、それ。大体そんな昔の話を持ち出すなんて老けた証拠だぞ。
ラファルは図らずも、セレナに訝しげな視線を向けた。
「何か良からぬ事を考えなかった?」
恐えぇ! そんな笑顔で人を威嚇すんなよ。本気で命の危険を感じたぞ。
「イエナニモカンガエテナイデス、マム」
セレナは再び溜め息を吐くと、全くと言って呆れた。
「そんなに溜め息吐いてたら幸せが逃げるぞ」
「誰のせいよ」
さぁ? 誰が悪いんだろうな。
「とりあえず警邏行ってくるわ」
そう言ってラファルは仲間と警邏に向かった。
「すげぇなラファル。セレナ様って五大貴族筆頭のロジエ家のご令嬢だろ、いつもあんな感じで話してんのか?」
小隊で最年長の熊みたいな髭面親父、エンリコがそんな事を聞く。
「ああ、大体あんな感じ。それにセレナの親父さんも筆頭貴族の当主の癖に貴族主義撤廃を謳ってる人だしな。あの人ただの気のいいおっちゃんだぜ」
ただ、悪癖が一つあるが本当にいい人だ。
そんな事を話しながらラファル達は警邏を続けた。
警邏を続けていると朝っぱらから酔って暴れてる男を検挙したり、市場で迷子になった子供の親を探したりといつも通りだった。
警邏を終えたラファル達は一旦城に帰った。
彼等が、昼飯は何だろうかと話しながら、食堂に向かっていると−−
「ラファル! お久しぶりです。少しお時間よろしいですか?」
−−どこからどう見ても貴族な格好をした女が声を掛けてきた。
「よろしくない。昼から森に行くし時間ないんだよ」
その言葉を聞いて女は寂しそうにうなだれた。
「おいラファル、麗しいレディの誘いは断るもんじゃねぇぞ。お嬢さん、ラファルも言いましたがあんまり時間に余裕がないんですよ。13時には正門に集合しなきゃいけないんで、それまでで良ければ煮るなり焼くなり好きにしてくださって結構ですけどね。」
似合わない事を言ったエンリコはラファルを女の方に押し出した。
意図せずも近づいて来たラファルの腕を掴んだ女は、エンリコにありがとうございますと言い、ラファルを引っ張って行った。
ったく、エンリコの奴余計な事しやがって!
「おい、サレナ! 付いてくから引っ張んな!」
この女はサレナ・ロジエ、ラファルの幼なじみで、プリンセスガード(王女の護衛)。そして名前から分かるようにセレナの妹だ。
しばらくサレナについて行くとラファルは城内の一室に連れ込まれた。
「こんなとこまで連れてきて何の用だ」
「申し訳ありません、しかし内密の話がありまして……」
珍しいな、普段はもっとグイグイくるのに言い澱んでやがる。
「何だ? 昼飯食いっぱぐれるから早く言え」
ラファルが空腹だといった態度をとると、サレナは忘れてましたとサンドイッチを出して、侍女に紅茶まで用意させた。
紅茶を淹れた侍女を下がれと追い出したサレナは、サンドイッチを薦めてきた。
まぁ、サレナの飯は美味いから食うけどな。
「食べながらで結構ですので聞いてください。確かお昼からルプスの森に行かれるんですよね?」
「ああ、定期討伐にな。それがどうかしたか?」
ラファルはサンドイッチをくわえながら返事をしているが、サレナはそんなラファルを見て微笑んでいる。
いや、行儀が悪ぃとか言うべきじゃねえの?
一応、準子爵とはいえラファルは爵位を持っているのだ。
「上層部しか知らない情報なんですが。最近、宮廷魔導士の一人がルプスの森に行ったきり行方不明になりまして……一応捜索隊も向かったのですが、そちらも帰ってきていなくて、何かあるかもしれませんので御注意をと思いまして……」
「俺はただの下っ端、衛士だぞ。俺なんかに言うよりもっと上に、例えばセレナとかに掛け合った方がいいんじゃねえのか?」
サンドイッチを食べ終えて真面目に答えたが本当に俺なんざに言うべき事じゃねえよ。
「お姉様には既に伝えてありますが、確証も無しに動けないと、騎士団を動かすにもやはり確証が無いと無理だと言われましたので、せめてラファルに忠告をと思いまして」
「そっか。確かに確証無しじゃな。とりあえず異変がないか調べるくらいはしとくわ。まぁたいちょー殿に目をつけられない程度になるけどよ」
ラファルはサレナの頭を撫でながら立ち上がる。サレナは髪が乱れた事に怒る様子もなく、御武運をと言った。
「任せとけ。こう見えて俺は強ぇんだぜ」
「知っています。しかし、それでも心配になるのが乙女心ですわ」
そんなもんかね。
正門近くまでついて来たサレナに別れを告げ、ラファルは既に来ていた小隊に合流する。
三小隊全て揃い、ラファル達はルプスの森に向かった。
しっかし何もねぇな。普段と何も変わんねぇぞ。まぁ、異変つ〜とあんまし魔獣にエンカウントしてねぇくらいか? ……いや、待てよ。この辺りはゴブリンやコボルトの生息地の筈だ。結構奥まで来てんのに、一度も遭遇しないってありえねぇよな。
ゴブリンやコボルトは群を作って広範囲に活動する。
それなのに、ここまでエンカウントしないのは異常な事だ。
「エンリコ、変じゃねえか」
頷くエンリコ。
どうやらエンリコも不思議に思ってるみたいだ。
「ああ、静か過ぎる。嫌な予感がするな」
しきりに辺りを警戒しながらエンリコは答えた。
そう、静か過ぎんだよな。何か大物でも出てんのか?
「ラファル、何をしている。さっさと先へ進むぞ!」
空気を読めない小隊長殿が怒鳴った、その瞬間−−
−−グオォォォ−−
−−森の奥から雄叫びが響いてきた。
ったく、小隊長殿のせいで気付かれたじゃねえか。
「な、何だ今のは!」
「おい! 行くな! 相手の出方をうかがえ!」
「五月蝿い! 腰抜けが! 怖いならそこで見ていろ!」
ラファルの制止も聞かず小隊長は飛び出して行った。
クソッ! てめぇの実力位把握しとけよ、てめぇじゃ瞬殺されて仕舞いだってんだ。ああもう、追いかけてでも止めるべきか?
ラファル達が追うかどうか考えていると、頭と左腕の千切れた小隊長の死体が奥から吹き飛んできた。
おいおい、悲鳴も無かったぞ。一体どんな大物がいるってんだよ!
「エンリコ、正面は俺が行く。お前は左だ。とりあえず止めてやるから横っ腹にゴツいのかましてやれ」
「わかった。他は少し離れて後方の警戒だ。ラファル、死ぬなよ。少なくとも小隊長殿を瞬殺するくらいの奴だぞ」
神妙な顔して何言ってやがる、俺が死ぬワケねぇだろうが。
「はっ、小隊長殿ぐれぇなら俺でも瞬殺出来るっての。まぁ、ゴブリンやコボルトには無理だろうがよ」
何処の何奴か知らねぇが、とりあえず一発目は絶対止めてやんよ。とっとと来やがれ!