プロローグ
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それはある暑い夏の夜の事だった。
少年はあまりの暑さに目を覚ました。
サワサワと辺りからは森の木が風に揺られる音がする。
喉が渇いていた少年は水を飲もうと、2階にある自分の部屋から台所に向かって階段を下りた。
−−ギシリ−−
階段の軋む音がする。
何かがおかしい。そうだ、さっきから人の気配がないのだ。
幾ら少年の住んでいる村が田舎だとは言え、酔っ払った村人が外で寝ているなんて事はしょっちゅうある、特に夏場ならほぼ毎日誰かが飲んだくれて表で大いびきをかいているはずなのに、今夜はそれがなかった。
それに、1階で寝ている筈の両親の気配すらない。
あまりの不気味さに少年は背筋が震えた。
台所にたどり着き水を飲んだ少年は、両親の部屋のドアを開けた。
そこは−−
−−赤、赤、赤、赤、赤、紅、紅、紅、紅、朱、朱、朱、朱−−
−−全て赤色だった。
両親は部屋にいない。一体何があったのだろう?
悲鳴を出すのも忘れて少年は家から飛び出した。
少年が当てもなくさ迷っていると、村の中心にある広場から生臭い錆鉄の匂いが漂ってきた。嫌な予感を感じながらも少年は広場に向かった。
少年が広場に着くと其処には村中の人が死体となり果てて無造作に積まれていた。
「うわーーーーーー」
そこで少年の意識は途絶えた。
気がつくと少年は森の中をさ迷っていた。体中傷だらけで、木に引っ掛けたのだろう、所々血が滲んでいた。
気持ちが悪い。
少年は川のせせらぎを頼りに、何とか川にたどり着いた。
その川はよく少年が父と釣りに来ていた川だ。
全身に付いた血と泥を洗い流した少年は、実はさっきの事は夢だったのではないかと思い、村に帰る事にした。
夜が明けていく。東の空から太陽が顔を出し始めた。
漸く少年が村に戻った頃には完全に日は昇っていた。
広場に近づくと昨夜と同じく生臭い匂いが漂ってきた。
少年は意を決し、自分の目で確認しようと広場に近づく。 村の朝は早い。しかし誰も歩いていない事に不安を覚えた。
少年が周囲を確認しながら歩いていると、辺りから人の気配がした。
「誰だ!!」
少年は咄嗟に隠れようとしたが、見つかってしまった。
少年は逃げるでも無くその場に突っ立た。何故か、その声からは悪意を感じなかった。
少年が、不思議な安堵感に包まれていると、その声の主は姿を現した。
その人物は王都守護騎士の制服を着ていた。
「生存者か、おい誰か、生存者がいたぞ!!」
その人物が周りに大声で叫ぶと、数人の、同じく王都守護騎士の制服に身を包んだ人が現れた。
「おいキミ、大丈夫か? 怪我をしているのか? セレナ、彼を治療してやってくれ。」
少年の体から血が出ているのを見つけた騎士は、一人の女性騎士を呼んだ。
セレナと呼ばれた騎士は少年の傍にやって来て治癒魔法をかける。見る間に少年の傷は治った。
「キミはこの村の子か? いや、すまない。我々がもっと早く着いていればこのような悪行は働かせなかったのだが……いや、今更言っても詮無い事か。」
騎士は悔しそうな顔をして言った。
何をそこまで悔やんでいるのか少年は理解出来てしまった。
ああそうか、この村の人達を助けられなかった事を悔やんでいるのか。
「少年、キミの御家族は……」
「血だらけだった。お父さんとお母さんの部屋が血だらけだったの」
少年は悪夢の様な光景を思い出し、涙が溢れて止まらなくなった。
「すまない……」
その騎士は本当にすまなそうに、謝った。
しかし幾ら謝られても少年の元に両親は帰ってこない。
少年は涙を止められないまま暫く泣き続けた。
漸く泣き止んだ少年に、騎士は話を聞かせてもらいたいと言った。
「夜、暑くて目が覚めたから水を飲みに行ったの。それで何か変だなって思ってお父さん達の部屋に行ったら、血がいっぱいで、怖くなって外に出たの。そしたら村の人達が死んでたの。それから気付いたら近くの川にいて、夢だったのかなって帰って来たら騎士様にあったの。」
少年は昨夜の事を思い出した。
小さな体を恐怖に震わせながら、少年はまた涙を流した。
「そうか、その時に何か見たり聞いたりしなかったか?」
無理やりに恐怖を抑えつけ、少年は首を横に振った。
「そうか。キミ、この近くに親戚はいないか? いるならばそこまで送って行くが」
騎士に聞かれて考えるが、少年に心当たりはない。
「いない、みんなこの村に住んでるから」
その騎士は再び、とても悔しそうな顔をした。
「もし、もしだ、キミさえ良ければ私の家に来ないか? ああ、嫌なら孤児院を紹介するが。本当にキミさえ良ければでいいんだが……私の、そう、私の弟にならないか?」
その騎士は穏やかな笑みを浮かべた。
「私も平民の出でな、最近騎士叙勲を受けたばかりで大して広い家でもないし、生活もそんなに豊かではないが、キミを養う事くらいは出来る」
何故だろう。騎士は慈愛に満ちた瞳を少年に向けた。
その瞳に再び安堵を抱き、この騎士は優しい人だ、少年はそう感じた。
涙を流し、クシャクシャになった顔で、それでも笑顔を浮かべ、少年は頷いた。
「そうか、それならば家具の類も増やさなければな。男の一人暮らしだからそんなに綺麗な所ではないが、キミを歓迎しよう。私はガイル、ガイル・クラージュと言う。キミの名を教えてくれるか?」
花が咲いたように破顔した騎士は名乗った。
平民の子供を引き取る事がそんなに嬉しいのだろうか?
少年はガイルの意図が理解出来ないでいる。
「僕はラファル」
「そうか。それではキミはこれからガイル・クラージュの弟、ラファル・クラージュだ」
名字まで貰った。今まで平民のラファルには不相応なものだ。
身分というものをなんとなくではあるが理解していたラファルは、自分の事を弟だと言ったガイルの優しい微笑みに、裏がない事を感じた。
家族を失った悲しみからではなく、安堵感と自分を引き取ると言ったガイルの優しさに触れて、ラファルは涙を流した。
「お、おい何故泣く。私が何かしたか? 気に障る事をしたのなら謝る。泣き止んでくれ」
「う、嬉しくて。お兄ちゃんが優しくて涙が止まらないの」
ラファルの言葉を聞きガイルは困惑したような顔をしながら慰めた。
「泣き疲れて眠ったか」
ガイルは、ラファルを用意させた馬車に寝かせて一息ついた。
「隊長、不躾な質問ですが、何故その少年、ラファルを引き取る事にしたのですか?」
副官のセレナが真剣な目でガイルを見つめる。
「私も家族を亡くしている。ああ、同情した訳ではないよ。家族を失った時、私には弟がいてね、丁度今のラファル位の歳の弟だったんだが、ラファルは弟に似ている。年の離れた弟だったが、しょっちゅう私の後をついて来る可愛い弟だったんだ。だから、かな。だが弟の変わりだとは思っていない。もう一人の弟のラファルだ」
ガイルは今にも泣き出しそうな顔で語る。
初めて聞いたガイルの過去だったが、話を聞いたセレナは、ナルホドと納得して帰還の準備を進めた。
結局、この村を壊滅させた犯人の正体は分からないままだ。
その後、目覚めたラファルをガイルは自分の鐙の前に乗せ、王都に帰還した。