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The fragment of a life


 諦めるな、と誰かが言った。


 それは、残り僅かな命しかない私には無意味な言葉で。


 けれど不思議と私の心に確かに残っている言葉でもある。



 毎日、お母さんが病室にやってくる。

 お父さんはまだ信じられないと言ってここまで来たことは本当に数えるほどしかない。


 毎日お母さんの泣き腫らした顔を見て、私は罪悪感に苛まれる。



 ごめんなさい。


 お父さんとお母さんより先に死んでしまうことになって、本当にごめんなさい。


 まだ死にたくない。


 でも・・・。



 ―――君の命は、あと持って一年だろう。



 お医者さんの痛みの篭もった声は、それが嘘でないことを教えてくれた。


 私の病気は世界中でも症例の少ない病気で、未だにきちんとした治療も見つかっていないとか。だから、たとえ初期状態で病気が見つかっていたとしても、進行を遅らせることしか出来なかった、と言っていた。


 毎日、夕方になると学校の友達が来てくれた。

 嘘だよね、とか。すぐに治るんでしょ、とか。皆それを信じられないって顔で聞いて、泣かない私のために泣いてくれた。



 悲しくないわけじゃない。でも、あと少しで死ぬってことに実感が持てなくて、頭が理解していても心はついて来れていない。そんな感じ。


 私のお世話をしてくれる看護師さんは、私がもうすぐ死ぬかもしれないなんて雰囲気は全く出さない人で、多分、そのおかげで変に取り乱さずに済んでいるんだと思う。

 下手に同情してくれる人だったら、きっと私はその人に八つ当たりをしてしまうだろう。そんなことはしたくなかった。



 日に日に食べる量が減っていって、足りない分は点滴で栄養を補っていた。それでも、身体は次第に痩せ細っていって、もう骨と皮だけしかないんじゃないかってくらいまでになったし、最初は自由に動き回れていた身体も、今では寝返るを打つことすら苦痛になってしまった。



 あぁ・・・これが死ぬってことなのかな。

 こんなに苦しい思いをして、皆を悲しませていなくなっちゃうことが死んじゃうってことなんだろうな。



 もう時間がなくなってきた私のもとに、すごい人がやってきた。世界的に有名なオペラ歌手の日本人の女性だ。


 その人は私と同じ病気で親友を亡くしたのだ、と言って私の為に涙を流してくれた。


 上手く喋ることも出来ない私の手を握ってくれて、色々なお話をしてくれた。世界の風景やそこに住む人たちの笑い声まで聞こえてきそうなほど、私はその人の話に強く惹き付けられた。


 そして最後に、亡くなった親友が大好きだった歌を歌ってくれた。


 それは誰もが知っている賛美歌だった。


 その声は静かに私の心に響いて、ずっとぐちゃぐちゃなままだった私の心に光を射してくれた。


 生まれてくれてありがとう、と。あなたに出会えて嬉しかった、と。そんな声まで聞こえてくるようだった。



 ああ。私はちゃんとここにいたんだ。ここにいてよかったんだ。




 ありがとう―――。


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