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異世界転移、チートスキルで無双します。 裏ver

作者: 八田里
掲載日:2026/06/25

 トラックに引かれた少女は気づくとゆりかごの中にいた。

 これが所謂トラ転かと感心する少女。


 美男美女の商人夫婦とともに温かい生活を送るも、旅の途中で盗賊に出くわす。孤児となった少女を保護したのはイケメン軍人で、顔だけでなく心まで優しいその人は妹として家に迎えてくれた。


 そして、見出される魔法の才能。

 その力はおとぎ話の英雄並み。

 義理の父親の口添えで軍にはいった少女は戦場であらゆる敵を蹴散らす。


 狐顔の糸目美人も部下になり、勢いにのった彼女を止めるものは誰もいない。

 寝台に眠る少女。

 肌は青く変色し、爪は黒ずんでいる。閉じた瞼の下には濁った眼がある。

 部屋には腐敗集が漂い、先ほど部屋に入った同期は顔をしかめていた。


 この少女はかつての上司だ。

 年は16歳、10歳下なのにも関わらず軍歴は私よりも長かった。幼いときに軍にスカウトされ、以来前線で戦ってきた。卓越した魔法の腕はおとぎ話の勇者のようで、火を出せば辺り一帯を火の海にし、水を操れば嵐で氾濫した川の流れも変え、風さえも彼女の味方になった。森羅万象に愛されたとしか思えなかった。


 皆を鼓舞し、誰よりも多くの敵を倒した彼女は「希望の少女」と呼ばれた。現在に生きる英雄だった。貴族も役人も盗賊も、彼女の前では子どものように目を輝かせた。


 私は彼女が嫌いだった。

 人垣の中で笑顔をふりまく彼女をみると自然と眉がよって不愉快になった。媚びを売るぐらいなら仕事をするか、訓練をするか、出撃に備えて待機していろと思った。


 表には出していなかったと思う。

 私は彼女の直属の部下だったので、勤務中は側にいる時間が長かった。しかし、公私混同は私の理念に反する。だから、私も笑うように心がけていた。希望の少女の従者が仏頂面ではその効果も薄れてしまうと思ったからだ。


 キツネみたい、と言われた。

 彼女は私の顔をみてそう言った。

 キツネという動物を知らなかったので「どのような動物ですか。」と聞くと、東の国の動物で森に住む犬のような獣だと教わった。お祭りの日にその動物を模した仮面が売られるらしく、私の顔がそれにそっくりだそうだ。それが本当だとしたら、不憫な生き物だと思った。生まれながらにずる賢そうな顔をしているなんて、きっと大昔に女神さまの怒りをかったのだろう。


 「もし、いつか私が故郷に帰ったら、狐をみるたびに貴女のことを思い出すでしょうね。」

 彼女はこの国の人ではなかった。

 遠くの東の国で生まれ、旅商人の両親とともにこの国に来たらしい。しかし、港から王都に向かう途中で盗賊に襲われ、馬車の隠し床の底で怯えていたところを警邏中の軍人に保護されたという。そして、保護してくれた軍人の家の養子になり、才能を見出されて今に至った。

 昨日の新聞に掲載されていた彼女の生い立ちは不幸な始まりだったと思う。

 同情するが珍しい話ではない。王都にある貧困街にいけばもっと可哀そうな子どもが溢れている。拾われた彼女は幸福なほうだ。彼女を嫌うのはその点も理由だ。善意の手を差し伸べられることがどんなに幸福なことか、彼女は知らないだろう。




 三年前、私は彼女の執務室を訪ねた。

 将官らの部屋が並ぶ階の北側にある部屋だった。日当たりが悪くて一日中暗く、夏は涼しいが冬はストーブを焚いても寒かった。


 「初めまして。本日付で機関の指揮下に加わりました。モクレンと申します。」

 彼女はその魔法の強さから単独行動が許されていた。

 しかし、その力が敵国に渡ってしまうこと、つまり買収されることを危険視したどこぞの貴族の発言によって監視役がつけられることになった。表向きは部下、実際は彼女のお目付け役、それが私だった。


 「モクレン、貴女の生まれはどこ?」

 私の名前を聞いた彼女は驚くと、どこか期待した様子で訊ねた。

 

 「この国です。」

 「そうなの?珍しい名前だけど。」

 「先に明かしますが、私は元孤児で貴族の養子になった身です。モクレンとは養子になる際名付けられました。」

 自分と同じ養子だと知った彼女は、私に親近感を抱いたようだった。


 「貴女も養子なのね。モクレンとはどんな意味をもつの?」

 イヤなことを聞く人だと思った。

 「男勝りな女、という意味です。」

 昔、男装するのが趣味だった貴族の令嬢の名前がモクレンといった。だからこの国ではモクレンというと男勝りの分を弁えない女という意味を持つ。


 「そうなの?私の母国では木の名前なの。春になると綺麗な花をつけるのよ。」

 「そうですか。」

 「ええ、だから貴女にピッタリだと思って。あと近くの国では父親の代わりに男装して戦場に行った親孝行な娘の話があって、その娘の名前も木蓮というの。」

 おしゃべりな娘だと思った。

 制服を脱いだら他の年頃の娘と変わらない、普通の少女だと思った。

 人間離れした逸話しか聞いていなかったからどんな怪物かと想像していた。あるいは聖人かと。予想よりも御しやすい対象で安心したことを覚えている。

 

 彼女は心を許した人間には甘くなる人らしく、私とは上司と部下ではなく友人のような関係を望んだ。困ったが固辞すると臍を曲げるので私が折れざるをえなかった。生意気なガキだと思った。軍に相応しい人間ではないと思った。


 こんなことがあった。

 「モクレン、次の休暇に一緒に服を買いに行かない?」

 「はい、ご用命とあらばついていきます。」

 「相変わらずお堅いんだから。あ、次こそ制服じゃなくて私服でね。」

 執務室で朝食を食べていると彼女は次の休暇について話し始めた。お洒落に敏感で、流行りのものにすぐに反応する少女に買い物に誘われるのは珍しいことではなかった。


 「申し訳ございません。制服と寝間着の他に服を持っていません。」

 「どうして?お給金は足りているはずよね。まさか、ご実家に仕送りを?」

 「いえ、仕送りはしていませんし、給料も十分なほどに頂いております。」

 「じゃあ、なんで服を持っていないの?」

 「必要性を感じなかったからです。」

 私の答えに彼女はため息をついた。


 「そうよね。モクレンってそう言う人よね。」

 彼女はなかなか失礼な人だった。

 群衆の前に立つときは国の代表に恥じぬ威厳に満ちていた。しかし、つくろうことを知らず、貴族らしい裏のある会話は苦手で庶民的な人だった。誰にでも率直な物言いをするので、側にいる私はいつも胃が痛かった。



 

 「兄さんがね。一度モクレンに会ってみたいって。」

 「少将殿が?」

 或時、彼女の実家に誘われたことがあった。

 彼女を拾った軍人は代々陸軍大将を輩出する名家の次男、先ほど兄さんと呼んだ人だ。私に監視役を命じた方とは別の派閥なので、はしゃぐ彼女とは反対に生きた心地がしなかった。行きの馬車が道中で壊れてくれればいいのにと願った。


 「君がモクレン君か。」

 少将殿は軍人らしくない人として有名だった。

 色白で鍛えても筋肉がつかない細い身体に優しい眼差し、彼は貴公子として御令嬢たちの羨望の的だった。凛々しい厳めしい長男とは反対の人だった。


 「妹が家に帰ってくるたびに君の話をする者だから気になってね。」

 「私、そんなに話しましたっけ?」

 「そうだよ。おかげで会ったことがないのに君について詳しくなってしまった。」

 その日は世間話でおわった。

 どうやら本当に私に興味あっただけだったようだ。


 彼とはその後も彼女を通して何回か会った。

 最後に会ったのは去年の秋、私の誕生日だった。

 出征前に呼び出され、手紙と手のひらほどの小箱を渡された。

 「それを君に預ける。帰ってきたら返してくれ。」

 最後まで気障な人だった。

 手紙の封は未だに切られていない。




 彼女の家族はいい人達だった。

 ご両親も兄君たちも彼女のことを大事にしていた。もし、彼女が魔法を使えなくてもそれは変わらなかっただろう。彼女は家族に愛されていたし、また彼女も家族を愛していた。同じ養子なのにこの扱いの差はは何だろうと思った。彼女のことが妬ましかった。



 幼い頃、私に家はなかった。

 暗い路地が居場所で、大人も子どもも皆、飢えていた。

 或る日、裕福な身なりの子どもがパンを投げた。拳ぐらいの大きさのパンを一つ、私達に向かって投げた。私達はじっと見た。地面に転がったパンとニタニタ笑いながら眺める子ども。

 貧乏人にも矜持はある。

 そのパンをとっては駄目だとわかっていた。

 でも、とってしまった者がいた。


 それが私だ。


 パンをサッと拾って走り去った。

 流石に目の前で喰うほど自棄になってはなかった。

 

 そのパンは美味しかった。

 白くてふわふわでほのかにバターの匂いがした。今ではちょっと金をだせばいつでも食べるありふれたパンだが、当時の私にはご馳走だった。。炊き出しで食べた雑穀のパンよりも柔らかく、香ばしく、甘く、上等なものだとすぐにわかった。 


 惨めだった。

 心のどこかでこのパンが不味かったり、中に小石が混ぜられていることを期待していた。

 でも、美味しかった。自分がパンを投げた裕福な子どもよりも下の存在になった気がした。身分だけでなく、人間として下の存在になってしまった。悔しくて、涙がでてきて、これからは誰からも施しは受けたくないと思った。しかし、ろくに働けない今の自分には他人の情けをたよりにしなければならないことも理解していた。


 そんなとき、戦争が起こった。

 きっかけは後から聞いた話だと自国の貴族の留学生が暴行をうけて殺されたからだそうだ。犯人の引き渡しを要求したが、そいつもなかなか身分の高い家の御子息だったらしく、話が簡単にすすまなかった。お互いの面子をつぶさない妥協点が見つからず、戦争に至ったそうだ。この争いで万単位の兵士が死んだことを踏まえるとくだらないと思う。自国に関して言えばその他の国際問題を片づける大義名分を得て、調子にのってしまったのだろう。

 

 しかし、このくだらない戦争のおかげで私はのし上がれた。

 ささいなことから始まった戦火は他の火種も飲み込んで燃え続け、未だに消えない。1年過ぎた頃だろうか。平民の家だけでなく下位貴族の家からも徴兵することが決まった。もちろん前線の一般兵ではなく指揮官としての立場が約束されていた。


 そうはいっても貴族たちは大事な跡取りたちを戦場に送りだしたくなかった。

 そこで目をつけたのが浮浪児だった。彼らは身寄りのない子をひきとって養子にし、身代わりにしたのだ。誰も非難はしなかった。むしろ私達は積極的に自分たちを売り込みにいった。私もそうだった。他の子よりも高い身長と病気にかかりにくい身体、そして貧困街には珍しい貴族のような金髪を突き出して掛け合った。

 そうして、私は貴族の家の養子になり、書類上の両親の顔を見ることなく戦場に送りだされた。ちなみに今も彼らとは会ったことがない。もしかしたら存在も忘れているのかもしれない。



 彼女の側にいるたびに私の劣等感は刺激された。

 こんな妄想をしてしまうのだ。

 もしも、彼女が私と同じ境遇におかれていたとしても、誇りを失わずに幸せな人生を送っていたのではないだろうかって。あの日の私みたいにパンを拾うことはなかったのではないかって。その妄想はふとしたときに現れ、私を嘲笑った。彼女が賞賛を浴びるたび、称えられるたび、自分と比べてしまう。本来、比べることもできないのに。


 ああ、嫌い。

 大っ嫌い。


 私、モクレンは彼女のことが大嫌い。







 神のような彼女でもやはり人間なようで、死ぬときはあっけなかった。

 鉄砲で撃たれたのだ。

 

 誰が引き金を引いたのかわからない鉛玉が鎧と彼女の胸を貫通して、心臓に達した。倒れる彼女を支え、私は傷が周りの兵士たちに見られないように後方の医務室に駆け込んだ。医者は一目見るなり顔を伏せた。でも、彼女の意識はあった。顔は痛みで歪み、脂汗を流しながらもなかなか楽にしてくれないようだった。神は彼女に苦しい死を与えるつもりのようだった。


 彼女は死の恐怖に怯えながら、私を呼んだ。掴まれた右手には今も指の跡が残っている。近くで見た瞳は獣のように爛々と光っていた。

 「私、死ぬの?」

 「ええ。」

 我ながらなんてことを言ったのだと思う。


 彼女は泣きそうな顔で、

 「モクレンってそういう人よね。」 

 と言った。


 「こわいわ。」

 私には何も言えなかった。

 ただ恐怖がまぎれるように彼女の手に左手を重ねた。


 「モクレン。」

 「はい。」

 「側にいる?」

 「はい。」

 「ずっと側にいてね。ずっと。」

 

 それが彼女の最後の言葉だった。

 開いたままの目を閉じても、皺のよった眉根は元に戻せなかった。気を利かせた医官が白い布を被せてくれた。冷たくなる前に人差し指、中指、薬指、小指を順々に外した。両手の指を胸の上で組ませて体勢を整えた。衣服を清めるのは看護師がやってくれた。真っ赤な軍服を脱がせて、何度も盥の水をかえながら血をぬぐった。


 私はその光景をぼんやりとみながら、大変なことになったと思った。

 大きな戦力を失ったこともそうだが、彼女の死による士気の低下が厄介だと思った。仇討として奮起してくれれよいだのだが、劣勢を強いられている現状では賭けになる。


 私はお上の裁量に任せることにした。

 すると彼らはすぐに命じた。


 彼女の死を隠すように。

 私は医官らに緘口令をしき、兵士たちには重傷だが命に差し支えないといって王都にもどった。馬車は目立つので布にくるんだ死体を抱えて馬を走らせた。城内に入ると大将殿、彼女の父親が待っていた。


 彼女を渡すと、

 「軽いな。」

 と目の前にいた私以外に聞こえないほどの小さな声で言った。



 

 そうして今に至る。

 彼女の死がバレないように、また死体が悪戯されないように監視するように命じられた。彼女が死んでも私は変わらずお目付け役のままだった。


 彼女のことは嫌いだ。

 しかし、可哀そうだとは思う。

 希望の少女も死ぬ間際は一般兵と変わらず、死にたくないと泣いていた。そもそも彼女は戦うことを嫌がっていた。災難だったのは卓越した魔法の才があったことと軍人に拾われてしまったこと。拾った本人さえ、手元に置いておかなければよかったと嘆いていた。



 

 この世を創造したという女神さま。

 もしも私の声が届くのでしたら、どうか生まれ変わっても彼女と会わせないでください。


 死後の世界でも彼女と二度と会いたくありません。

 

 私は彼女のことが大嫌いなので、きっと酷い顔をすると思うからです。

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