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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま


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第6話 信用

「……ギルバートは、死んだのか」


 不敵さも余裕もない、静かなだけの声だった。

 エルザは唇を噛んだ。分かっていた。この質問がいつか来ることは。


「……はい。一年前に、病気で亡くなりました」


 何度口にしても慣れない言葉。喉の奥がきゅっと締まる。

 ドラコの手が、膝の上の散弾銃をわずかに握りしめた。紅い瞳が、一瞬だけ揺れた。


「……そうか」


 それだけだった。それだけしか言わなかった。

 でもドラコは、そこから長い間黙っていた。一〇秒か、二〇秒か。その沈黙の中にどれほどの感情が詰まっていたのか、エルザには分かる気がした。自分も一年前、同じ沈黙を味わったから。


「……エルザ、歳はいくつだ」

「一五歳です」


 その答えを聞いた瞬間、ドラコの表情が変わった。紅い瞳が見開かれ、何かを計算するように宙を見つめる。


「一五……。そうか。オレは、一五年も眠っていたのか」


 初めて知ったという顔だった。目覚めてからの混乱の中で、自分がどれほど長く眠っていたのか把握できていなかったのだろう。エルザの年齢によって、ようやく空白の長さを知ったのだ。


「一五年。この子が生まれてすぐに眠りにつき、目覚めたらあいつはもういない……か」


 独り言のような呟き。その声には、取り返しのつかない何かを悟った者特有の深い静けさがあった。ドラコは帽子を目深まぶかに被り直し、それ以上は何も言わなかった。

 重い沈黙が部屋を満たした。

 その沈黙を破ったのは、金属の音だった。

 カチリ。拳銃の撃鉄げきてつを起こす音。

 エルザが振り返ると、ベアトリクスが立ち上がっていた。宮殿の倉庫で拾った拳銃を両手で握り、銃口をまっすぐドラコに向けている。

 紅い瞳が、真剣な光を宿していた。


「……話は聞いていました。あなたが魔王で、吸血鬼だということも」


 ベアトリクスの声は震えていなかった。倉庫の時とは違う。あの時は恐怖に支配されて引き金を引けなかった。でも今は違う。恐怖はある。それでも、守るべき人がすぐ隣にいる。それだけで、指先は止まらない。


「姫様を守ると言いましたが、信用できません。吸血鬼が人間の味方をする理由がない」


 その言葉には、ベアトリクス自身の苦しさもにじんでいた。自分もまた吸血鬼になってしまった。その事実をまだ飲み込めていない。それでも今は、エルザを守ることだけを考える。それだけが、自分にできることだから。

 ドラコは銃口を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。怒りはなかった。むしろ、どこか感心したような目でベアトリクスを見ている。


「ベアト、おやめなさい!」


 エルザが慌てて立ち上がる。二人の間に入ろうとして、でもどちらにも手を伸ばせずに立ち尽くした。


「姫様、この者は吸血鬼です。わたしたちの命を救ったのは事実ですが、目的が分からない以上、警戒するのは当然です」

「ですがベアト、ドラコは父の友人だと……」

「それも本当かどうか分かりません。わたしたちを信用させるための嘘かもしれない」


 ベアトリクスの言葉は冷静だった。感情ではなく、理屈で動いている。メイドとして、エルザを守る者として、当然の判断だった。だがその紅い瞳が、皮肉にもベアトリクスの言葉に重みを加えていた。吸血鬼になったばかりの少女が、魔王を名乗る吸血鬼に銃を向けている。その構図がどれほど無謀なものか、ベアトリクス自身が一番よく分かっているはずだった。それでも銃口は揺れない。

 ドラコは立ち上がらなかった。椅子に座ったまま、ベアトリクスの紅い瞳を見つめ返した。


「いい目だ。宮殿の時より、ずっといい目をしている」


 低い声で、静かにそう言った。


「銃口を向けたければ好きにしろ。わたしは慣れている。ただ一つだけ言っておく」


 紅い瞳が、真剣な色を帯びた。


「オレはギルバートに頼まれた。あいつの娘を守ってくれと。それが、あいつとの約束だ。魔王の約束は軽くない」


 ドラコの声が、一段と低くなった。


「信じる信じないはお前たちの自由だ。だがオレはあの男との約束を破るつもりはない。あいつが命を懸けて育てた娘だ。簡単に見捨てるわけがないだろう」


 部屋が静まり返った。

 ベアトリクスの腕が、わずかに震えた。銃口はまだドラコに向いている。でも、引き金にかけた指の力が、少しだけ緩んだように見えた。

 エルザは、ドラコの言葉を胸の中で反芻はんすうしていた。

 父がドラコに頼んだ。自分を守ってくれと。それはつまり、自分が生まれた頃のこと。父は生まればかりの娘の将来に、ここまでの危険が降りかかることを予見していたのだろうか。だとしたら、父はどれほどの不安を抱えながら自分を育てていただのだろう。

 答えはもう、聞けない。父は、もういないのだから。

 でも。

 父が信じた相手を、自分も信じてみたいと思った。


「……ベアト。銃を下ろしてください」

「姫様」

「お願い。……今はまだ全部は分からないけれど、父が信じた人を、わたくしも信じたいの」


 エルザの声は静かだった。命令ではなく、お願い。王女としてではなく、親友として。

 ベアトリクスはしばらくドラコを見つめていたが、やがて小さく息を吐き、ゆっくりと銃口を下ろした。銃を握る手が、かすかに震えていた。


「……まだ信用したわけではありません」

「ああ、それでいい」


 ドラコは薄く笑った。


「信用は、これから積み上げるものだ」


 そう言って、ドラコは帽子を目深に被り直した。会話はここまでだ、と言わんばかりに。

 エルザは隣のベアトリクスの手にそっと触れた。冷えた指先。でも、振り払われることはなかった。ベアトリクスは銃を膝の上に置き、小さく息を吐いた。

 三人の間に横たわる緊張は、まだ完全には解けていない。でも、少なくとも今は同じ場所にいる。同じ朝日の下で、同じ時間を過ごしている。

 それが信頼の始まりなのか、ただの休戦なのか。今はまだ、誰にもわからなかった。

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