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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま


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第33話 迷宮

 石の階段が地下へと続いている。かつては何かの目的で造られた地下施設なのだろうが、今は完全に廃墟と化している。そこから、生臭い風が吹き上がってきた。血と腐敗の匂いが混ざった、不快な臭気。ベアトリクスが顔をしかめた。吸血鬼になって嗅覚が鋭くなっている分、匂いの打撃が大きい。エルザもベアトリクスの様子を気にしながら、鼻を覆った。


「行くぞ」


 ドラコが先頭で階段を降りた。

 迷宮の内部は、予想以上に広かった。石の壁と天井で囲まれた通路が、蜘蛛の巣のように入り組んでいる。松明の代わりに、アビゲイルが杖の先に小さな光球を灯した。青白い光が、石壁に揺れる影を作る。

 最初のゴブリンと遭遇したのは、入口から数分も歩かない場所だった。

 通路の先に、小柄な影がうごめいている。三体。いや、五体。薄暗がりの中で、紅い光が点々と浮かんでいた。身長は人間の子供ほど。緑色の肌に、尖った耳。手には粗末な棍棒や石を握っている。

 ゴブリンの瞳が、紅く光っていた。

 普通のゴブリンの瞳は、濁った黄色だ。それが紅く染まっている。吸血鬼と同じ色。吸血症に感染している証拠だった。店主の話は本当だった。

 そしてゴブリンたちの足元に、それはあった。

 人間の死体だった。半分以上が食い散らかされ、原型をとどめていない。着ていた服の切れ端が散乱している。村人の服だった。ゴブリンたちはその肉をむさぼり食っていた。血まみれの手で肉を引きちぎり、口に押し込んでいる。咀嚼音が、石の壁に反響していた。

 ベアトリクスの体が、強張った。

 昨夜、皿の上の肉を食べた。一切れだけ。必死の思いで、飲み込んだ。あれと、これは、同じものだ。同じ人間の肉だ。ただ、目の前の光景はあまりにも生々しかった。皿の上に乗せられた切り身と、原型を留めない死体は違う。頭では同じ物だと分かっていても、目の前の現実が心を押し潰していく。

 ベアトリクスは壁に手をついて、嘔吐した。

 胃の中のものが、全て出た。昨夜食べた一切れも。せっかく食べたのに。あれほど苦労して口にしたのに。体が震えている。膝が折れそうになっている。涙が目尻に滲んだ。


「ベアト!」


 エルザが駆け寄り、ベアトリクスの背中を支えた。フローレンスも足を止め、振り返った。普段は感情を見せない彼女の目に、僅かな心配の色があった。昨夜の忠告が、フローレンスの脳裏をよぎっているのかもしれない。食べなければ死ぬ、と言ったばかりだ。


「大丈夫ですか」

「……すみません。大丈夫、です」


 ベアトリクスは口元を拭い、立ち上がろうとした。だが足が震えて、うまく立てない。エルザが肩を貸した。

 ドラコは紅い目のゴブリンたちを見下ろしていた。ゴブリンたちはドラコたちに気づき、威嚇の声を上げている。血に濡れた手で棍棒を振り、歯を剝き出しにしている。だが、ドラコの目にあるのは戦意ではなかった。嫌悪でもなかった。もっと深い、やるせなさのようなものだった。


「……気分が悪い」


 低い声だった。吸血鬼化させられたゴブリンたち。誰かがこいつらを、こうした。

 ドラコは短機関銃を構え、引き金を引いた。

 銃声が迷宮に轟いた。連続する発砲音が石壁に反響し、耳をつんざくほどの音量になる。ゴブリンたちが一掃された。紅い瞳の光が、次々と消えていく。

 だが、倒したはずのゴブリンの数以上に、奥から新しいゴブリンが這い出してきた。通路の向こうから、紅い光が次から次へと現れる。五体、一〇体、二〇体。際限がない。


「おかしい。倒しても増え続けている」


 フローレンスが狙撃銃を構えながら言った。ゴブリンは群れで行動するが、この数は異常だ。一つの迷宮にこれほどの数が棲みつくのは、自然な状態ではない。何かが、ゴブリンを生み出し続けている。


「奥に何かある。ゴブリンが湧き出ている原因を突き止める」


 ドラコは短機関銃の弾倉を入れ替え、迷宮の奥へと向かった。

 進むほどに、ゴブリンの数は増えた。通路の至る所から紅い瞳が現れ、奇声を上げて襲いかかってくる。通常のゴブリンより明らかに動きが速い。吸血鬼化の影響で、身体能力が強化されている。だが、ドラコとフローレンスの銃撃、そしてアビゲイルの魔術が、道を切り拓いていく。アビゲイルは杖を一振りするだけで、氷の刃を生み出し、ゴブリンの群れを薙ぎ払った。小さな体から放たれる魔力の圧が、通路を震わせる。

 エルザはベアトリクスの肩を支えながら、一行の後ろについていた。ベアトリクスは青ざめた顔のまま、それでも拳銃を握って周囲を警戒している。吐いた直後の体で、それでも戦おうとしている。エルザはベアトリクスの手を握りたかったが、今は両手が塞がっていた。代わりに、肩を支える手に力を込めた。大丈夫、と伝わるように。

 迷宮の最深部に近づいた時、空気が変わった。

 ゴブリンの数が急に減った。代わりに、通路に残された破壊の痕跡が目立ち始めた。壁に巨大な爪痕が刻まれている。人間の手では到底つけられない大きさだった。通路の幅も広くなっていく。大きなものが通れるように、壁が無理やり押し広げられた痕がある。

 そして通路が広い空間に繋がっていた。天井が高く、松明の跡が壁に残っている。かつては何かの儀式に使われていた場所なのかもしれない。

 その広間の中央に、それがいた。

 トロール。ゴブリンの上位種。通常のゴブリンとは比較にならない巨体。天井に届きそうな体躯に、丸太のような腕。硬い皮膚は並の刃物では傷つかず、その腕力は石壁を砕く。一体でも厄介な相手だ。

 それが、三体いた。

 三体のトロール全ての瞳が、紅く光っていた。吸血鬼化している。吸血鬼化したことで、元来の怪力に加え、再生能力まで備わっている可能性がある。巨体が紅い瞳を光らせ、広間の中央に座り込んでいる。その足元には、ゴブリンと同じように人間の死体が散乱していた。村人だろうか。ここまで連れてこられたのか。

 一体のトロールがドラコたちの気配に気づき、地響きのような唸り声を上げた。残りの二体も立ち上がる。広間の地面が、その重量で振動した。石壁からぱらぱらと砂が落ちてくる。

 ドラコは短機関銃を構え直した。紅い瞳が、トロールたちの紅い瞳と交差する。

 フローレスが狙撃銃を構えた。アビゲイルが魔杖に魔力を込め、杖先の宝珠が青白く輝き始めた。エルザがベアトリクスを後方に下がらせ、ベアトリクスも震える手で拳銃を握り直した。


「面倒な相手が出てきたな」


 ドラコの声は静かだったが、その口元には不敵な笑みが浮かんでいた。

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