第25話 ヴェアヴォルフ同胞団
傭兵たちの中から、一人の女が前に出た。
黒色の長い髪を後頭部で一つにまとめ、腰には一振りの刀剣を差している。軍服の上から外套を羽織り、歩く姿には無駄がなかった。年齢は二十代後半だろうか。切れ長の目には度胸のある光が宿っており、帝国の皇帝を前にしても怖じる気配は微塵もなかった。
ラミーナ。ヴェアヴォルフ同胞団の団長の一人であり、この部隊の指揮官を務める女傭兵。刀剣を使った剣術を得意とし、物事を恐れない度胸の持ち主として同胞団の中でも一目置かれている存在だった。
「ヴェアヴォルフ同胞団、到着しました。レオン皇帝」
ラミーナの声は、よく通る明瞭な声だった。敬意はあるが、媚びはない。傭兵らしい素直さだった。
レオンは白い甲冑のまま、ラミーナの前に立った。傭兵たちを一人一人見渡す。兜の奥から、値踏みするような視線が向けられているのを傭兵たちは感じていたが、怯む者は一人もいなかった。ヴェアヴォルフ同胞団の名に恥じない面構えだった。
「急な要請だったにも関わらず、これだけの人数を揃えてもらえたのはありがたい」
レオンが答えた。中庭にいる傭兵は、三〇人ほど。精鋭揃いだ。失った帝国兵の数には遠く及ばないが、一人一人の実力は正規兵を上回る。
「まず、宮殿の警備を任せたい。正規兵だけでは手が足りない。特に夜間の巡回と、大門周辺の監視を強化してほしい。次の襲撃がいつ来てもおかしくない」
ラミーナは頷いた。レオンは続けた。
「その上でもう一つ、任務がある」
レオンの声に、傭兵たちの背筋が伸びた。
「財団と名乗る組織がある。三日前にこの宮殿を襲撃した連中だ。各国で起きている吸血鬼の襲撃にも、この組織が関わっている可能性が高い。だが、正体が分からない。情報がほとんどない」
レオンは一拍の間を置いた。
「財団の調査をしてほしい。やつらの正体、目的、拠点。何でもいい。手がかりを見つけてくれ」
傭兵たちの間に、緊張が走った。帝国の宮殿を襲撃した相手の調査。それは単なる護衛任務とは次元が違う。だが、怖気づく者はいなかった。ヴェアヴォルフ同胞団は、危険な任務にこそ名誉を見出す集団だ。
ラミーナは腕を組み、レオンの言葉を嚙み締めるように聞いていた。それから、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「了解しました。報酬はいつも通りで?」
「ああ。成果に応じて上乗せする」
「それは頼もしい。兄弟たちの士気も上がるってものです」
ラミーナが振り返り、傭兵たちに指示を飛ばし始めた。手際がいい。部隊の配置と偵察の段取りが、ものの数分で整っていく。夜間警備の二交代制。大門と裏門の監視組。街に溶け込んでの情報収集班。歴戦の指揮官の仕事だった。傭兵たちは命令を受けると、無駄口を叩かずに持ち場へと散っていった。その動きには、正規兵とは異なる荒々しさと、それ以上の実勢経験が滲んでいた。
傭兵たちが持ち場に散った後、ラミーナはレオンのもとに戻ってきた。マリアムも合流し、三人が執務室のテーブルを囲んだ。
ラミーナが鞄から一枚の報告書を取り出し、テーブルに置いた。
「実は皇帝、一つ報告があります。各地に散っている兄弟たちから、情報が入りまして」
ラミーナは報告書の一枚を指で叩いた。
「ヴェンツェル王国の首都イルドブルに駐留していた団員が、襲撃後の宮殿を調査しています。宮殿はひどい有様だったそうです。食屍鬼と吸血鬼による襲撃の跡。壁には爪痕、床には血の染み。帝国が受けた被害と、よく似ています。同じ連中の仕業でしょう。ただ、一つ気になる報告がありまして」
ラミーナは続けた。
「団員の報告によると、宮殿の地下倉庫に大きな棺を安置していた部屋があったそうです。その棺が開かれていた。中は空。そして、その部屋の壁にかけてあった武器がいくつか持ち出されていました。短機関銃、拳銃、弾薬。それと、散弾銃も一丁」
棺。ヴェンツェル王国の宮殿の地下倉庫に安置されていた棺。レオンは、その棺が何であるかを知っている。誰がその中で眠っていたかを知っている。この場にいる三人の中で、マリアムもまた同じ知識を持っている。ラミーナだけが、棺の真の意味を知らないはずだった。
一五年前。あの者はあの棺の中で眠りについた。ある理由から、ヴェンツェル王国の宮殿で。ギルバート王だけがその秘密を知り、棺を守り続けていた。ギルバートは一年前に病で亡くなった。守り手を失った棺。だが、棺の中の者は自ら目覚めた。約束を果たすために。
棺が開いた。武器が持ち出された。短機関銃と散弾銃。あの者が好んで使う火器だ。
「やはり、そうか」
レオンの声は静かだった。だが、その静けさの中に確信があった。三日前、ヘレンの絵画の前で口にした言葉。あの時はまだ推測だった。今、ラミーナの報告によって、それが事実として裏づけられた。
魔王ドラコが、目を覚ました。一五年の眠りから。
マリアムがレオンを見た。彼女もまた、棺の意味を理解している。
「魔王ドラコが目覚めたとして、今どこにいるかは分からない。でも、ヴェンツェル王国の王女が行方不明。魔王が眠っていた棺が開いた。この二つが同時に起きているなら、魔王はエルザ王女の一緒にいる可能性が高い。王女を守りながら、どこかへ移動しているはずだ」
「ああ」
レオンは短く答えた。ギルバートとの約束。ドラコがエルザを守っている。それは一五年前に決められていたことだ。
ラミーナは二人のやり取りを黙って聞いていた。魔王という言葉にも、眉一つ動かさなかった。肝の据わった女だ。ただ「ドラコ」という名前が出た時だけ、僅かに目を細めた。何かを思い出すような、奇妙な間だった。
「ドラコ、ですか」
ラミーナの口元に、笑みが浮かんだ。何かを懐かしむような、あるいは楽しみにしているような。同胞団の団長が、魔王の名前を聞いて見せる反応としては、あまりにも親しげだった。
「もし見つけたら、ボクからよろしく伝えておいてほしいな。久しぶりに会いたいって」
マリアムが軽い口調で言った。ラミーナは肩をすくめた。
「見つけたら、ですけどね」
ラミーナは肩をすくめ、執務室を出て行った。廊下を歩くその足取りには、先ほどの不敵な笑みの名残があった。
二人きりになった執務室で、マリアムがレオンを見た。
「魔王が動いているなら、フローレンスもアビーも一緒にいるだろうね。あの三人は、いつも一緒だったから」
レオンは答えなかった。窓の外を見ていた。白い甲冑の背中が夕暮れの光に照らされている。兜の下で何を考えているのか、マリアムにも分からない。だが、魔王の名前を聞いた時、この寡黙な皇帝の沈黙がほんの僅かに柔らくなったことに、マリアムは気づいていた。
執務室の窓から、夕暮れの光が差し込んでいた。ターリンガの街に灯りが点き始めている。平穏な街並み。だが、その平穏がいつまで続くかは分からない。
財団の影が、大陸全土に広がっている。魔王が目覚めた。勇者が動き出した。傭兵たちが散っていった。そして、まだ見えない敵が暗躍を続けている。
長い戦いの序章が、静かに幕を開けようとしていた。




