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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま


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第24話 混乱

 襲撃から三日が経っていた。

 セクレタリア帝国の首都ターリンガは、何事もなかったかのように日常を続けている。市場では商人たちが声を張り上げ、街道には馬車と蒸気自動車が行き交い、広場では子供たちが走り回っている。宮殿の中で起きた惨劇を、市民はまだ知らない。

 だが、宮殿の内部は一変していた。

 廊下に残された血痕は洗い流されたが、壁や床に刻まれた爪痕や刃の跡は消えていない。甲冑を纏った兵士の姿は激減し、かつては活気に満ちていた宮殿の廊下は、不気味なほど静かだった。

 襲撃による被害の全容が、ようやく明らかになりつつあった。宮殿に駐留ちゅりゅうしていた帝国兵のうち、生存者はわずか二割。大門を守っていた精鋭部隊は全滅。宮殿内の使用人にも多数の犠牲者が出ていた。

 遺体の収容は二日目の夜に終わった。宮殿の地下にある安置所は、棺で埋め尽くされた。レオンは一つ一つの棺の前に足を止め、黙祷を捧げた。白い甲冑の皇帝が、兜を被ったまま頭を下げている。その姿を見た生き残りの兵士たちは、涙を堪えていた。

 だが、ターリンガの街そのものには一切の被害がなかった。襲撃は宮殿だけを狙った、精密な攻撃だった。市民を巻き込まず、帝国の中枢だけを叩く。それは無差別な暴力ではなく、明確な意図を持った軍事行動だった。


「帝国の中枢を叩き、混乱させる。それだけが目的だった」


 レオンは宮殿の執務室で、マリアムに向かってそう言った。白い甲冑に包まれた体は、椅子の背もたれに預けられている。三日間、ほとんど休んでいない。だが、疲労の色は声にも動きにも出ていなかった。

 執務机の上には、襲撃の被害報告書が積み上げられている。兵士の死亡名簿。破損した設備の一覧。侵入経路の推定図。そのすべてにレオンは目を通していた。


「大門の付呪は、帝国最高の魔術師が何重にも施したものだ。あれを正面から突破するには、相当な力が要る」

「だね。ボクが見たところ、付呪の解除ではなく力尽くで破壊した痕跡だった。術式の残滓を解析したけれど、見たことのない構成だったよ。少なくとも帝国の魔術体系とは異なる」


 マリアムは執務机の上に広げた書類の山から顔を上げた。目の下の隈が、三日前よりもさらに濃くなっている。彼女もほとんど寝ていないのだろう。だが、その目には疲労よりも探求心のほうが強く光っていた。

 マリアムは一枚の羊皮紙を引っ張り出した。大門の付呪が破壊された際の魔力痕を写し取ったものだ。


「この魔力の波長、ボクの知る魔術体系のどれとも一致しない。人間でも、エルフでも、ドワーフでもない。もしかすると、ボクたちが知らない魔術の系譜が存在するのかもしれない」

「それと、あの自爆術式。あれの解析も進めているんだけど、かなり特殊でね。術式の核に、対象者の生命力そのものを起爆剤として組み込んでいる。つまり、生きている限り術式が発動する条件を満たし続ける仕組みだ。解除するには、対象者を殺すか、術式の核を直接破壊するしかない」

「構成員を捕えても、情報は得られないということか」

「そういうこと。厄介な相手だよ」


 マリアムは椅子の背もたれに体を預け、天井を仰いだ。


「書庫も調べたんだけどね。三日間、ほとんど書庫にこもりっぱなしで、棚という棚を片っ端から漁った。古い文献、交易記録、外交書簡、軍事報告。ボクが読める言語はすべて当たったよ」


 マリアムは指先で机を叩きながら続けた。


「だけど()()に該当する組織の記録は、帝国の文献にはほとんど残っていない。そもそも財団なんて名前は漠然としすぎている。この大陸には慈善活動を行う財団、学術研究の財団、商業組合が母体の財団、貴族の資産管理のための財団。数えきれないほどある。()()()()と叫んだだけでは、その財団を指しているのかすら特定できない」


 マリアムは指先で机を叩きながら続けた。


「その中からボクが必死に絞り込んで、かろうじて見つけたのが、百年ほど前の交易記録に一度だけ出てくる名前。そこには難病治療の研究を行う団体とだけ書かれていた。だけどそれが襲撃犯と同一の組織かどうかすら断定できない。財団という名前だけでは、あまりにも手がかりが少なすぎるんだよ」

「意図的に隠している」

「間違いなくね。相当長い期間をかけて、自分たちの存在を歴史から消してきた。文献を改竄かいざんしたか、あるいは最初から記録に残らないように活動してきたか。どちらにしても、百年以上の準備期間があるかも。ボクの知識をもってしても、手ががりがほとんどないのは正直なところ初めてだよ」


 マリアムは書物を閉じ、椅子に深く沈み込んだ。魔術師としての矜持きょうじが傷つけられた顔だった。知識で解決できない問題に直面することが、彼女にとっては何よりも悔しいのだ。だが同時に、未知の存在を解き明かすという挑戦に、心のどこかがたかぶっているのも事実だった。


「調査は続けるけど、時間がかかる。それよりも先に、この宮殿の守りをどうにかしないとまずいね。兵士が八割もやられた状態じゃ、次の襲撃に耐えられない」

「ああ。手は打ってある」


 レオンはそう言って、立ち上がった。



 宮殿の中庭に、見慣れない集団がいた。

 帝国の正規兵とは明らかに異なる装いだった。統一された甲冑ではなく、それぞれが自分の体に合わせた革鎧や鉄の胸当てを身につけている。腰には剣や斧、背中には弓や槍。武器の種類もまちまちだ。だが、一様に鍛え上げられた体つきと、戦場慣れした目をしている。

 傭兵だった。

 ヴェアヴォルフ同胞団。五百年以上の歴史を持つ傭兵集団。その武勇は大陸全土に知れ渡っており、名誉を重んじる武人気質で知られている。仲間を「兄弟」「姉妹」と呼びあい、互いに名誉をもたらすことを旨とする。帝国とも古くから協力関係にあった。

 通常であれば、これだけの人数を短期間で集めることは難しい。だがヴェアヴォルフ同胞団は各地に拠点を持ち、非常時の動員体制が整っている。レオンが要請を出してからわずか二日で、精鋭がターリンガに集結していた。

 レオンが中庭に姿を現すと、傭兵たちの視線が一斉に集まった。白い甲冑の皇帝。勇者の名は傭兵たちの間でも広く知られている。何人かの傭兵が拳を胸に当て、敬意を示した。



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