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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま


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第21話 仲間

 ドラコは先頭を歩きながら、背中越しにフローレンスの言葉を聞いていた。苦笑いが浮かんだ。


「心底疲れる、か。フロー、それはわたしの台詞だ。お前に何度怒られたか覚えてないぞ」

「怒られるようなことをするあなたが悪いのです」

「否定はしないが」


 ドラコは肩をすくめた。それからふと足を止め、振り返った。

 エルザを見た。紅い瞳が、真っ直ぐにエルザのエメラルドの瞳を捉えた。

 先ほどまでの軽い口調が消え、声の色が変わった。


「エルザ」


 名前を呼ぶ声は、低く、静かだった。


「この先、何が起きるか分からない。財団という組織がお前の血を狙っている以上、またあの宮殿のようなことが起きるかもしれない。それ以上のことも」


 エルザは黙ってドラコを見つめた。風が吹き、街道の草が揺れる。ドラコの白い長髪がなびき、帽子のつばが影を作った。その影の下で、紅い瞳だけが真剣な光を宿している。


「だが、約束する。この先どんなことがあろうとも、オレはお前の命を守る。ギルバートに誓ったことだ。そしておまえ自身にも誓う」


 ギルバート。父の名前。この人は父と約束してくれた。そして今、自分にも同じ約束をしてくれている。

 ドラコの目に嘘はなかった。あの宮殿で矢を受けて倒れた人だ。首を斬られても立ち上がった人だ。言葉だけではない。体で、命で、それを証明してきた人だ。


「だから、オレたちを信じてほしい」


 オレたち。ドラコだけではない。フローレンス。アビゲイル。この三人を信じてほしいと、ドラコは言っている。

 エルザの目に、涙が滲んだ。

 あの夜から、ずっと走り続けてきた。何が起きているのか分からないまま、誰を信じていいのか分からないまま。父を失い、国を追われ、見知らぬ吸血鬼たちに命を預けて。不安で、怖くて、それでも前を向くしかなかった。

 でも、この人たちは自分のために血を流してくれた。何度も、何度も。

 エルザは涙を拭い、背筋を伸ばした。王女としてではなく、一人の人間として、目の前の吸血鬼に向き合った。そして、深く頭を下げた。


「信じます。ドラコ、フローレンス、アビゲイル。皆さまを信じます。これからよろしくお願いいたします」


 頭を下げたまま、声が少し震えていた。でも、その震えは恐怖からではなかった。

 ドラコは目を見開き、それから穏やかに笑った。


「頭を上げてくれ、エルザ。お前は王女だろう。そう簡単に頭を下げるもんじゃない」

「いいえ。これは王女としてではなく、エルザとして頭を下げています」


 ドラコは一瞬言葉に詰まった。そして、帽子の鍔を引き下げて目元を隠した。照れているのだ、とアビゲイルが小さく笑った。


「ドラコさん」


 ベアトリクスの声だった。

 全員が振り返った。ベアトリクスは街道の真ん中に立ち、両手を体の横にぴったりとつけ、深く腰を折った。メイドとして叩き込まれた、正式な謝罪の姿勢だった。


「あの宿屋で、ドラコさんに拳銃を向けてしまったこと。申し訳ありませんでした」


 声は小さかったが、はっきりとしていた。

 あの夜のことだった。自分を吸血鬼にした存在として、ドラコに銃口を向けた。あの時の自分は恐怖と混乱の中にいた。でもドラコは怒らなかった。責めもしなかった。その後も何度もエルザを、自分を守ってくれた。


「ドラコさんのことをまだ全部理解できたわけではありません。吸血鬼が怖いという気持ちも、正直まだあります。でも」


 ベアトリクスは顔を上げた。紅い瞳が、まっすぐにドラコを見た。自分と同じ色の瞳を。


「わたしも一緒に行かせてください。姫様をお守りするのは、わたしの務めです。そしてドラコさんたちと一緒なら、わたしは姫様をお守りできると思います」


 ドラコはベアトリクスを見つめ、やがてゆっくりと頷いた。


「謝る必要はない。あの状況なら、オレだって同じことをした」


 それから、ドラコはベアトリクスに向かって右手を差し出した。


「よろしくな、ベアトリクス」


 ベアトリクスはその手を見つめた。吸血鬼の手。冷たいはずの手。でも、あの宮殿でエルザを庇った手だ。自分を吸血鬼にした存在の手。恐怖の象徴であり、同時に、誰よりも強く自分たちを守ってくれた手でもある。

 ベアトリクスは、その手を握った。


「よろしくお願いいたします。ドラコさん」


 思ったよりも温かかった。

 アビゲイルが両手を叩いた。


「よかった。仲間が増えるのは嬉しいわ。エルザもベアトリクスもかわいいし、わたくし嬉しい」


 フローレンスが小さくため息をついたが、その目は柔らかかった。


「では、そろそろ歩きましょう。日が暮れる前に、どこか休める場所を見つけなければ」


 フローレンスの声で、全員が再び前を向いた。穏やかな空気の中にも、置かれている状況の厳しさは変わっていない。テオドル王国で罠にかけられた。財団という組織がエルザの血を狙っている。味方だと思っていた同盟国が敵だった。安全な場所など、もうどこにもないのかもしれない。

 だが、不思議と絶望感はなかった。


「それなのだけれど」


 アビゲイルが魔杖を抱え直しながら、目をこすった。


「わたくし、少し眠いの。さっきの魔術で力を使いすぎたみたい」


 先ほどの氷結の魔術だ。広場の半分を覆う規模の魔術を詠唱なしで発動した。いかに強力な魔術師でも、消耗は避けられない。アビゲイルの足取りは、確かに先ほどから少しふらついていた。


「この先に小さな村があったはずです」


 フローレンスが言った。


「宿屋があるかは分かりませんが、少なくとも屋根の下で休めるところは見つけられるでしょう」

「よし、そこを目指そう」


 ドラコが再び歩き始めた。

 五人の足音が、街道に響く。先頭のドラコ。最後尾のフローレンス。その間に、エルザとベアトリクス。そしてエルザの隣を歩いていたアビゲイルは、いつの間にかベアトリクスの腕にしがみつくようにして目を閉じかけていた。


「アビゲイルさん、大丈夫ですか?」


 ベアトリクスが支えると、アビゲイルは薄目を開けて微笑んだ。


「大丈夫。もうちょっとだけ、このまま歩かせて。ベアトリクスの腕、あったかーい」


 吸血鬼の体温は低いはずだ。でも、ベアトリクスの腕が温かいと言った。体温の話ではないのだろう。

 ベアトリクスはアビゲイルの体をしっかり支えながら歩き続けた。メイドの仕事だ。誰かの世話をするのは、得意なのだから。不思議だった。ほんの数時間前まで怯えていたのに、今は吸血鬼の少女を腕に抱えて歩いている。それが自然だった。

 午後の日差しが傾き始めていた。影が長くなり、街道の先に小さな屋根が見え始めた。

 行く先はまだ決まっていない。敵の正体も、自分の血が狙われる理由も、まだ何も分かっていない。だがエルザは、隣を歩く仲間たちの横顔を見て、思った。

 一人ではない。もう、一人ではない。あの夜、宮殿で一人きりだったエルザは、今はもう一人ではない。

 夕暮れの街道に、五つの長い影が並んで伸びていた。

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