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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま


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第14話 不審

 門が開かれ、四人は城壁の内側に足を踏み入れた。

 城門を抜けると、街の通りが見えた。だが、イルドブルの賑わいとは比べものにならないほど人が少ない。開いている店もまばらで、通りを歩く住民の顔には疲労と不安が刻まれている。この街にも何かが起きている。あるいは、起きつつある。

 フローレンスがエルザの隣に並び、小声でささやいた。


「エルザ様。注意してください。何かが、おかしい」

「何が、ですか」

「吸血鬼を排除する法律。武器の没収。そしてこの宮殿の空気。ドラコも同じことを感じているはずです」


 エルザはドラコの背中を見た。いつもより歩幅が狭い。周囲を警戒しているのだ。丸腰の状態で、それでも二人の少女を守れるように、神経を研ぎ澄ませている。

 宮殿の内部は、イルドブルの宮殿とは雰囲気が大きく異なっていた。廊下は薄暗く、窓にはすべて厚い遮光の幕が下ろされている。まるで日光を嫌っているかのように。壁には燭台しょくだいが並んでいるが、灯っているのはまばらだった。人の気配が少ない。すれ違う使用人もほとんどいない。活気というものが、この宮殿からは完全に失われていた。

 ベアトリクスがエルザの耳元に囁いた。


「姫様。この宮殿、おかしいです。遮光の幕がすべての窓に。まるで吸血鬼のための環境のように見えます」


 エルザもそれに気づいていた。吸血鬼を排斥する法律を作っておきながら、宮殿の中は吸血鬼にとって快適な環境になっている。矛盾だった。外では吸血鬼を追い払い、中では吸血鬼を迎え入れる準備がされている。まるで、特定の吸血鬼だけは歓迎しているかのように。


「こちらへどうぞ」


 案内役の兵士が、廊下の突き当りにある大きな扉の前で立ち止まった。


「ドルメロ陛下の御前です。陛下のお許しが出るまでは、扉の前でお待ちください」


 兵士が扉の中に入って取り次ぎを行う間、四人は廊下で待った。フローレンスがさりげなく周囲を見渡している。退路の確認だろう。ドラコも壁に背を預けているように見えて、その紅い瞳は油断なく動いていた。

 しばらくして、中から声がかかった。


「入れ」


 低い男の声。扉が開かれた。

 部屋は広かった。だが、異様だった。窓という窓がすべて厚い幕で覆われ、室内は蠟燭ろうそくの炎が揺れるたびに、壁に不気味な影が踊った。そして部屋の奥に、天井から床まで届く大きな幕が一枚、垂れ下がっていた。幕の向こう側に、人影がある。椅子に座った人物の輪郭がぼんやりと見えるだけで、顔は一切見えない。

 なぜ幕越しなのか、国王が客人を迎えるのに顔を隠す理由があるのか。エルザの胸に不安がよぎったが、ここまで来て引き返すことはできない。


「ヴェンツェル王国の王女、エルザ・ヴェンツェルです。ドルメロ国王にお目にかかれて光栄です」


 エルザは礼を取った。だが幕の向こうの人影は動かなかった。


「ギルバートの娘か。大きくなったものだな」


 幕越しの声。顔の見えない相手との会話は、どこか薄気味悪かった。エルザは幼い頃にドルメロに会ったことがあるはずだが、この声に聞き覚えはなかった。四年前に即位したということは、自分が知っているテオドルの前の国王とは別の人物だ。


「単刀直入にお伝えします。ヴェンツェル王国の首都イルドブルが吸血鬼と食屍鬼の集団に襲撃されました」

「ほう」


 短い返事。関心があるのかないのか、声だけでは判別できない。


「被害は甚大です。わたくし自身も宮殿から辛うじて脱出した状況です。そして、この襲撃はヴェンツェル王国だけではなく、複数の国で同時に発生しています」

「……ああ。知っているとも」


 ドルメロの声に、驚きはなかった。知っている。すでに知っていた。他国が襲撃されているという情報を、この国王はすでに把握していたのだ。


「ご存知でしたか。では、テオドル王国でもすぐに備えを……」

「備え?」


 幕の向こうから、小さな笑い声が漏れた。乾いた、あざけるような笑い。


「備える必要はないよ、エルザ王女」


 ドルメロの声が、変わった。さっきまでの穏やかさが消え、代わりに冷たい愉悦が滲んでいる。幕の向こうの人影が、ゆっくりと立ち上がった。


「なぜなら、我がテオドル王国には一切の被害が出ていない。一匹の食屍鬼も、一人の吸血鬼も、この国を襲ってはいないからだ」


 エルザの息が止まった。被害がない。複数の国が同時に襲撃されているのに、この国だけが無傷。それが意味することは。


「むしろ、お前がこの宮殿に来てくれたことは、こちらとしては非常に都合がいい」


 エルザの背筋を、冷たいものが走った。

 都合がいい。ウィンガルも王女を欲しがっていた。そしてこの国王も、同じことを言っている。繋がっているのだ。この男は、最初から。襲撃を知っていて、備えをせず、王女が来るのを待っていた。

 エルザの頭が理解するよりも前に、ドラコとフローレンスが動いていた。

 ドラコは軍服の内側に忍ばせていた小型の拳銃を抜き、幕に向かって構えた。預けた散弾銃とは別に、最後の切り札として隠し持っていたものだ。フローレンスもまた、ブーツの中に仕込んでいた短銃を抜いている。二人とも、最初から武器をすべて渡すつもりなどなかったのだ。この宮殿に足を踏み入れた瞬間から、何かがおかしいと感じていた。その勘が正しかったことが、今証明された。


「ドルメロ。今の言葉、もう一度言ってみろ」


 ドラコの声が、低く響いた。銃口は幕の向こうの人影に向けられている。フローレンスの銃もまた、同じ方向を向いていた。二人の動きは完全に同期していた。長い年月を共に戦ってきた者同士の、言葉を必要としない連携だった。

 エルザは凍りついたまま立っていた。信じたくなかった。父が信頼した同盟国。頼れると信じてここまで来た。それが罠だったなどと。

 幕の奥で、ドルメロが笑った。

 それは友好国の国王が浮かべるべき笑みではなかった。

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