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社内マリアージュの裏切り:愛した夫と不倫相手に贈る、完璧な最後  作者: 夏野みず


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ひび割れたマリアージュ

 私はチセ。2年前、タイキと結婚した。


 同じIT企業で出会った私たちは社内では理想のカップルと呼ばれ、多くの祝福を受けてゴールインした。タイキは営業部のエースで誰もが認める爽やかな好青年。私は人事部に所属し、彼の良き理解者として家庭と仕事を両立させてきたつもりだった。


 私たちの新居は都心から少し離れた閑静な住宅街の一戸建て。週末にはタイキが好きな手料理をふるまい、二人で未来の夢を語り合った。


 ああ、なんて幸せだったのだろう。過去の自分にそう語りかけるとき、私の胸は張り裂けそうになる。


 異変に気づいたのはここ2か月のタイキの行動だった。彼は以前にも増して残業が増え、土日も接待だと出かけることが多くなった。


「ごめん、チセ。今度の週末も大事な取引先とのゴルフなんだ」


 爽やかな笑顔でそう言われると、私は無理に納得しようとした。タイキは仕事熱心な人。私だって彼のキャリアを応援したい。そう思っていた。


 しかし、私の頭の中で鳴り響く警鐘はだんだんと大きくなっていった。タイキは私の顔を見て話すとき、以前よりも視線が泳ぐようになった。疲れているのだ、と言い聞かせていたけれど、その疲れは仕事のそれとは違う、後ろ暗い種類の疲労に見えた。


 ある雨の日の夜。タイキは「終電を逃したから会社近くのビジネスホテルに泊まる」と連絡してきた。


 その瞬間、私の心の中で何かが音を立てて砕けた。タイキの会社はタクシーを使えば十分帰宅できる距離にある。そして彼の顔には微塵もタクシー代を惜しむような経済的な苦労は見られなかった。


 私は彼のスマートフォンをチェックすることを決意した。タイキは仕事用とは別に、私には決して見せないスマートフォンを肌身離さず持ち歩いていた。


 

 タイキは翌朝疲れた様子で帰宅すると「シャワーを浴びてから寝る」と言って浴室へと向かった。


 私はこの瞬間を待っていた。彼はスマートフォンを水濡れを避けて絶対に浴室へ持ち込まないという癖があった。彼がリビングのソファに無造作に放り投げたスーツの上着のポケット。そこから彼が肌身離さず持っていた、私に見せない方のスマートフォンを取り出した。


 タイキは指紋認証とパターンロックを併用していた。仕事柄セキュリティには詳しいタイキのことだ。簡単に破れるはずがない。しかし私にはタイキの癖を熟知しているという強みがあった。


 彼のパターンロックは私の誕生日。


 ふざけていたのだろうか。それとも私への信頼を試したかったのか。なんにせよロックは呆気なく解除された。


 スマートフォンの画面を開いた瞬間、私は胃の腑が凍りつくような感覚に襲われた。


 彼が一番よく使うメッセージアプリ。そこには「ユキ」という名前の女性とのやり取りが夥しい数残されていた。


「今夜はありがとう、タイキさん」 「またいつでも呼んでね。お小遣い、助かりました」 「今日、ちょっと遠出して、お揃いのキーホルダー買っちゃった」


「お小遣い」という単語に私は直感した。パパ活だ。タイキは私に隠れて若い女性と金銭のやり取りを伴う関係を持っていた。


 私の手は微かに震えていた。しかし私には泣いている暇はない。情報を集めなければ。私は冷静にトーク履歴を遡った。


 ユキのプロフィール写真には見覚えのある背景が写っていた。私が以前タイキと散歩したときに通った近所のカフェ。そしてその写真に映る女性の顔を見て、私は息を呑んだ。


 彼女はいつもタイキが通勤で通る道の角にあるコンビニでアルバイトをしている女子大生だった。近所の人として私も何度か顔を合わせていた。


 タイキはこんな近くで私を裏切っていた。


 そしてそのトーク履歴の最下部、まるでトドメを刺すかのように一枚の写真が添えられていた。


 それはユキがタイキのネクタイを緩め挑発的な表情を浮かべているセルフショット。背景には間違いなく私たちの寝室の、私の趣味で選んだ北欧風の壁紙が写っていた。


 タイキは私が仕事に出ている間に、この女を家に連れ込んでいたのだ。


 私の思考回路は感情を切り離し、冷徹なシステムへと変化した。


 許せない。この裏切りは単なる浮気ではない。私の愛した家、私たちが築いたすべての生活を彼が踏みにじった証拠なのだから。


 私はスクリーンショットを撮り、クラウドストレージに保存した。証拠は確実に押さえておく必要がある。


 

 ユキとのやり取りを見て私の感情は麻痺していた。しかしさらなる悪夢は別のアプリの通知から私を襲った。


 それはタイキと「ミチコ」という名前の人物との別のトーク画面だった。


 ミチコ。彼女は私と同じ人事部に所属するタイキの同期であり親友だった。


 私とタイキのキューピッド役でもあり、結婚式ではブライズメイドも務めてくれた大切な友人。私たちは仕事の悩みや夫婦間のちょっとした愚痴を言い合う仲だった。


 タイキとのメッセージには親しげな絵文字とユキの話題が頻繁に登場していた。


 ミチコ:「タイキ、例の件、どうなってるの?」 タイキ:「大丈夫。ユキちゃんにはちょっとお小遣いを多めに渡しておいたからチセにはバレないよ。彼女、最近、目が肥えちゃってさ(笑)」 ミチコ:「そっか。まぁ、チセには絶対に言えないけど、あんたが最近楽しそうなの、見ててちょっと安心したわ」 ミチコ:「あ、そういえばチセが週末、実家に帰るって言ってたわよ。チャンスじゃない?」


 私は思わずスマートフォンを握りしめた。ミチコはタイキの不倫を知っていただけではない。彼女はタイキの不倫の手引きをしていたのだ。私の行動を逐一タイキに報告し、彼らにチャンスを与えていた。


 タイキの不倫が単なる一時の過ちではなく、周到に計画され、職場の人間によって守られていた事実に、私の胸には怒りではなく、静かで冷たい殺意に似た決意が生まれた。


 泣くなんて馬鹿げている。この涙腺は、これから行う復讐のためにエネルギーを温存しなければならない。


 私は冷静にメッセージアプリを閉じ、タイキのスマートフォンを元の場所に戻した。浴室のドアが開く音がした。何事もなかったかのように。


「ミチコ、あなたも、タイキも、そして女子大生のユキ。あなたたちには私が用意した特別な舞台で、盛大な幕を引いてもらいましょう」

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