[27] イアン村へ――出口の少年 ①
作業台の下にあった引き戸を開けると、下に降りる階段があった。
階段を降りると、大人が立って歩けるほどの通路が続いていた。
夏だというのに通路はひんやりとしていた。
薄気味の悪い空気が漂っていたが、魔石のランプがところどころに灯り、ぼんやりと先を照らしていた。
私が先頭になり、後ろからフィリップたちが続いた。
歩き続けていると、ランプの数が減り、上りの階段が日の光に照らされていた。
階段の周囲には葉が落ちている。
ここが外への出口か。
私は、慎重に階段を上った。
出口は少し狭く、葉や蔓に覆われていた。
私は身を低くしてから、剣先でそっと枝葉を押し分け、外の様子を探った。
その隙間から外を覗いた瞬間、一人の男の子と目が合った。
いつからそこにいたのか。
男の子は恐怖に後ずさり、次の瞬間には、踵を返して走り出していた。
私は思わず、男の子を追った。
だが、出口を出たところで落ち葉に足を取られ、膝を強く打った。
鈍い痛みが脚を走り、踏み出した足がわずかに遅れる。
私は短く呻いた。
膝を打った衝撃がまだ残り、走り出すたびに波のように返ってくる。
背後からフィリップの声が聞こえたが、無視した。
「待って! 私たちは敵じゃない!」
私の声に男の子は立ち止まり、振り返った。
その時だった。
男の子の背後に、一人の男が立っていた。
黒い三つ揃いのスーツにネクタイ。折り目の残ったズボンは破れていた。
汚れた白いシャツの襟には、口から流れた血が黒くこびりついていた。
あれは……執事?
そういえば、昨日、倒した異形の屍の中に執事の姿はなかったはずだ。
私は男の子を抱えようと、痛みをこらえてスピードを上げた。
同時に、執事は咆哮を上げ、男の子に向かって走り出した。
まずい。私のほうが後れを取っている。
男の子は恐怖で地面にうずくまり、耳を塞いでいる。
執事は男の子の真上から襲おうとした。
その瞬間、銀色の影が走った。
横から強烈な蹴りが執事の頭に叩き込まれた。
あっという間に身体は宙を舞い、背後の木に激しく叩きつけられた。
頭は潰れて、見る影もない。
執事の身体は崩れ落ち、動かなかった。
男の子の傍には、見覚えのある人物が悠然と立っていた。
銀色の髪がふわりと舞う。
その人は、男の子を片手でひょいと抱え上げ、「ほら」と言って私に押しつけた。
男の子は震え、耳を塞いだまま、私の服に顔をうずめた。
私は男の子を抱きながら、その人を見て呟いた。
「キャンディ……」
思わず呟くと、キャンディは手を挙げた。
「ああ、元気だったか?」
そう言うと、執事の頭に近づいた。
「なあ、これって、再生するパターン?」
私は、男の子の手を覆うように自分の手を重ねた。
この子に聞かせる必要はない。
「いいえ。頭が首に繋がっているから、魔石を取れば大丈夫」
「ふーん」
キャンディは、折れた枝を潰れた頭に突っ込み、魔石を取り除いた。
「大丈夫ですか! ピオニー嬢!」
背後からフィリップと護衛騎士たちが駆けてきた。
その後ろにいた、いつも無表情なマリアドネがキャンディを見て驚いている。
フィリップは私の前に立ちはだかり、キャンディに剣を向けた。
「誰だ、お前は」
「お前こそ、誰? そんなんで俺に勝てると思うの?」
キャンディは、腕を組んでフィリップを見下ろした。
私は、フィリップの袖を引っ張った。
「フィリップ様、彼は、キャンディ。私の護衛です」
キャンディが、首を傾げる。
「んー、まあ、そうだな」
「口のきき方が、なっていないようだが」
フィリップは、剣を下げず、キャンディから目を離さなかった。
「その剣先はさぁ、あっちに向けろよ」
キャンディは、肩越しに親指で背後を示した。
後方から、異形の屍がよろめきながら近づいてくる。
「多分、あれで最後だ」
キャンディはそう言うと、踵を返し、2体の異形の屍を見た。
村の女性と高齢のシスターだった。
「俺とこいつだけで大丈夫だ。な? そうだろう?」
キャンディはフィリップを煽り、地面を蹴って高く飛んだ。
フィリップも負けじとキャンディに続いた。
私は呆気にとられた。
競う必要がある?
「うちの主にも、あんな情熱があったんですねぇー」
ヘルマが感心したように言った。
「ああ。珍しいモノが見られたな」
ヴィルヘルムも高みの見物をしている。
うーん……2人に任せて、問題ないということかしら。
私は跪いて、男の子の頭を胸に引き寄せた。
耳を塞いだまま震える小さな手が、こめかみに強く押しつけられている。
小さな体が、私の胸の中で震えていた。
私は何も言わず、背中を撫で続けた。
「終わった」
低い声がして、顔を上げると、キャンディが立っていた。
私は視線を巡らせた。
倒れている村の女性と高齢のシスターを見つけた。
どちらも、もう動かない。
私は男の子を私からそっと離し、怪我が無いか確認した。
汚れた顔、着ている洋服はところどころ擦り切れていて、色褪せていた。
「私はピオニー、あなたは?」
「ジャン・ローです」
「ジャン、ケガはない? どこか噛まれたりしていない?」
「はい、大丈夫です」
「ジャン、一人なの? 他の人は?」
私の問いにジャンは顔を上げた。
ジャンの顔は歪み、涙が零れる。
私は聞くのを止めた。
ジャンには時間が必要だ。
そう思った瞬間。
ジャンが、震える指で異形の屍となった村の女性と執事を指さした。
「母様と、父様、です」
次の瞬間、ジャンは声を上げて泣き、再び、私にしがみついた。
小刻みに震え続け、抱き寄せた腕にその恐怖がじかに伝わってくる。
私は何も言わず、ジャンの肩を抱いた。
その場にいた誰も、しばらく口を開かなかった。




