[26] イアン村へ――消えた村人 ①
応接室には、私以外、誰もいなかった。
ルディ・デュラスは別の部屋へ運ばれ、残っているのは、わずかな腐臭だけ。
私は、椅子に座り、塞がれている壁を見つめた。
……次から次へと考えることが多過ぎる。
ルディ・デュラスは、何故、変わってしまったのか。
あの使用人のように感染したのだろうか。
それとも、レノドン伯爵たちが言っていた『薬』を飲んだのだろうか。
そうだとしたら、その『薬』を飲むと、どのくらいの時間で変わってしまうのだろう。
変わってしまった者は、これから先の村人を襲っているのだろうか。
疑問は多く、答えは一つも形にならない。
ふと、視線を窓に移した。
窓を叩く雨の音が途切れがちになっていることに気づいた。
嵐はもう去ったのだろう。
明るくなったら出発できるはずだ。
その時、ノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
私は、傍にあった剣を握った。
入ってきたのはフィリップだった。
フィリップは険しい顔をしていた。
「……怪我をした護衛騎士が私たちの目の前で短剣を胸に刺し、自害したのですが、変わってしまいました」
私は何て言葉をかけていいか、解らなかった。
勇気を振り絞って自害しても、死ねないなんて残酷すぎる。
「マリアドネ嬢が彼を……。とても助かりました。私たちでは……踏み切れなかった」
途切れ途切れのフィリップの言葉に、動揺を感じた。
何の咎もない自身の従者を手にかけるなんて、悲劇でしかない。
「わかりました……理解しています」
私はフィリップを見つめた。
フィリップは、やつれた表情を残したまま、静かに顔を上げた。
「ありがとうございます。ピオニー嬢。それで……この件ですが、私は、王族護衛騎士団に報告する必要があります。ピオニー嬢の名前を記載していいものか、相談したくて」
フィリップは、ビッザント帝国からの留学生だから、王都を離れる時は旅程表を提出し、何かあれば報告する義務がある。
私は、レノドン伯爵にイアン村へ行くと手紙を書置きしている。
問題はフィリップと同行しているということが、今後、どう影響するか、だ。
「アンナさんも記載するのであれば、私も同行者として、ご記載ください」
「了解しました。それと、寝床をお作りしました。応接室の外に騎士を2人、付けていますので、声をかけてください」
フィリップはそういうと、丁寧にお辞儀をし、部屋から出て行った。
私は出入り口の扉から距離を取り、「影」と小声で唱えた。
すぐに、私の目の前に黒ずくめの3人の影が現れ、跪いた。
「この屋敷から出た異形の屍はいた?」
「いいえ」
「そう……良かった。『あれ』らは、どこにいたかわかった?」
「地下牢の鉄格子の中に痕跡がありました」
「誰かが、放ったというの?」
「ええ。可能性が高いです。キズ一つない南京錠が、その場に落ちていましたから」
私は息を継いだ。
偶然だろうか。
いいえ、違う。
誰かが、私たちの到着を見越して、放ったのだ。
「この屋敷で他の影との接触は?」
「ありません。ですが、二人ほど見かけました」
「そう……あちらもあなたたちに気づいたかしら?」
「いいえ。気づいていたら、襲ってきたと思います。かすかに殺気を感じましたから」
「……あなたたち以外の何かに殺気立ってたということね」
姿や気配は魔道具で隠せても、『気』は熟達者でないと、なかなか隠し通すことはできない。
だが、『気』を隠せない者に、影は務まるはずがない。
レベルが低いのか、それとも……。
「1番、マルクスに異形の屍の件を伝えて。特に感染を警戒するように」
「はい、団長」
「2番は、先に行ってイアン村を調査して。3番は、このまま待機」
「はい、団長」
3人の影は、すぐに消えた。
私が応接室を出ると、フィリップの騎士が寝床に案内してくれた。
少し、広めの部屋には、ベッドの他に机と、その横に本棚があった。
椅子に座って本を読んでいたマリアドネが、私を見て口元に指を一本立て、視線をベッドに移した。
ベッドには、丸まって横たわっているアンナがいた。かすかに寝息が聞こえる。
私はマリアドネに近づき、小声で尋ねた。
「何を読んでいるの?」
「ここは、執事の部屋だったようです。棚に日誌がありました」
「フィリップ様には?」
「今は、それどころではないようですので、お先に失礼しています」
私は思わず、口元が緩んだ。
「業務日誌かしら」
「いいえ、違います。業務日誌は執務室にあったと、騎士の方々がフィリップ様へ報告しておりましたから、これは、日誌を基に書いた執事の備忘録のようです」
「そう。日誌には何て?」
「はい、要点を時系列で書き出してみました」
マリアドネは、机にあるメモを指した。
「まず、今から3年半前。クルト・デュラス伯爵が亡くなる1年半前ですが、領地の作物が魔獣に荒らされる被害が出ています」
「気の毒に……」
魔獣退治は国に依頼できるが、手続きに時間がかかる。国が動く頃には作物は全滅している。
かといって伯爵家だけで対処すれば、傭兵や魔道具に莫大な金がかかる。
「その後、領主代理の横領が発覚。続いて、ルディ・デュラス伯爵の婚約破棄で慰謝料が発生」
「婚約破棄?」
「ええ。慰謝料として金貨一千枚を支払い、翌年にエメラルド鉱山を売却しています」
「借金が、返せなかったのね」
「鉱山を売ってから半年後の早朝に寝室で毒を飲み、自死。発見者はルディ・デュラス」
「最初の発見者は執事ではないの? 父親を起こしに行くのが息子だなんて。幼子でもあるまいし。少し不自然だわ」
「しかも、その前の晩、二人が今までにない言い争いをしたと小さな字で書かれてます」
「原因は?」
「ギャンブル、酒、?、とあります」
私の頭に14番倉庫での出来事が浮かんだ。
「薄っすらと、見えてきたわね……鉱山は誰に売ったか書いてる?」
「アダム・カレルギス男爵」
私はつい、鼻で笑ってしまった。
回帰前の人生では、王室ご用達の宝飾店を経営していた。
「バードックの親戚よ。確か、母親の妹の嫁ぎ先。母親の家門は男爵だから」
「この金額を見る限り、カレルギス男爵は、かなり買い叩いたようです」
「普通の半値か……でも、それで借金が無くなったのね」
「はい。でもすぐに息子の借金取りが来るようになり、人員整理という、流れです」
「そう。没落貴族のパターンね……あとは、感染したのか、それとも自ら『あれ』になったのか、だけど」
「何か、違いはあるのでしょうか」
「明日、アンナさんたちと話してみるわ」




