[24] イアン村へ――異形の屍 ①
デュラス伯爵家の空き家に着くと、フィリップの護衛騎士の点検と侍従の掃除がすでに終わっていた。
私たちは割り当てられた部屋にそれぞれ入室し、夕飯の時間までにのんびり過ごすことになった。
「すごい雨ね」
大粒の雨が激しい音を立てて、窓を打ちつけていた。
「フィリップ様がいらっしゃって良かったですね」
マリアドネが部屋着を用意しながら言った。
私はうなずいた。私たちとアンナだけであれば、洞穴でも探して野宿していたかもしれない。
「こちらは温泉があるようです。湯浴みは温泉で、とのことでした」
「そう。では、アンナさんも誘って3人で行ってみましょう」
すると、ノックの音が聞こえた。
肩までの髪を結ったアンナが、遠慮がちに立っていた。
アンナも独りでは心細かったようだ。
護衛も兼ねたマリアドネを先頭に、湯殿へ向かった。
朽ちかけた絵画と規則正しく並ぶ鏡が、マリアドネが持つランプの灯りに揺らめきながら照らされ、廊下に薄気味悪い気配を漂わせていた。
湯殿の入口には、フィリップの護衛が2人立っており、案内してくれた。
女性の護衛が私たちを奥の湯殿に案内した。
「こちらをお使いください。男性は手前の湯殿を使用しますので。何かあれば、声を上げてください」
中に入ると脱衣所があり、マリアドネが私とアンナに湯衣を渡した。
「万が一のためにこちらを着て入浴してください」
アンナが湯衣を触る。
「こ、この湯衣をもらっても良いのですか?」
「はい、アンナ様専用に作らせました」
キルコス傭兵団で、野営する時に川や湖などで身体を洗う場合を考え、女性は持つようにしている。
「胸や下半身は湯につかっても見えないようになっていますし、乾くのも早い素材でできています」
「す、すばらしいです。そ、袖が無いので腕も回しやすいし、洗いやすい。あ、アンダーパンツは短くて動きやすいですし、こちらも透けないのですね」
アンナはぴょんぴょん飛び跳ねたり、手を伸ばしてグルグル回ったりし、湯衣の着用が嬉しそうだった。
温泉場は室内で露天ではなかった。
屋根のすぐ下に小さいガラスがはめ込まれ、外が見えるようになっていた。
少量の硫黄の臭いが立ちこめ、湯の色は乳白色だった。
「き、気持ちいいです」
10人程が入れそうな浴槽で温泉につかり、私もアンナもホッとしていた。
「イアン村にも温泉はあるのですか」
「は、はい。あります。か、勝手に湧き出てきますから、無料ですし」
「まあ。それは羨ましいわ。浴槽にお湯を満たすのも大変ですもの」
その時、マリアドネの様子がおかしいのに気づいた。
じっと一点を見つめている。その先には小さい鏡があった。
マリアドネはアンナに近づき、小声で尋ねた。
「アンナ様、鏡を隠す方法はありませんか?」
アンナは、一瞬キョトンとしたが、小さくうなずいた。
そして、結っていた髪に挿していた魔仗を抜いて詠唱すると、鏡の上方から温泉が一気に流れ落ちた。
白い飛沫が上がり、滝のような水が鏡面を叩きつける。
熱を帯びた湯気が、白く立ちのぼった。
鏡は瞬く間に水の膜に覆われ、直ちに何も映らなくなった。
「アンナさん、さすがです。一気に露天風呂のような雰囲気になりましたね」
私の言葉にアンナは笑顔になった。
3人とも各々、体を軽くほぐし、脚を伸ばす。
私たちは身体が温まると湯衣に部屋着を重ね、湯殿を出た。
私の部屋の前で、私はアンナに尋ねた。
「アンナさん、ベッドも大きいから、一緒に休みませんか」
「え? いいのですか? 実は、部屋も私には広すぎてちょっと怖かったのです」
私は微笑んだ。
「では、荷物を持ってきてください。お待ちしてますね」
部屋でアンナを待つ間、私はマリアドネに鏡の一件を小声で尋ねた。
「視線を感じました」
マリアドネの一言に私もうなずいた。
部屋にも鏡があった。
マリアドネは入室すると早々に、衝立を鏡の前へ置き、鏡面を覆い隠していた。
その時から私も鏡に違和感を感じていた。




