[22] 面倒な晩餐、血の倉庫 ②
ベルネス湾の船着き場に到着すると、暗闇の中、倉庫街にキルコス傭兵団のシビルと調査部員が2名、影のように立っていた。
シビルが私に近づくと耳元で報告した。
「団長、伯爵は第3倉庫エリアの14番倉庫に入ったようです」
「伯爵が借りている倉庫じゃないわね」
私たちは馬をトムに預け、屋根から第3倉庫の近くへ向かった。
灯りの乏しい一角で14番倉庫の扉だけが、かすかな光を漏らしている。前には男が二人。伯爵の手下だ。
シビルに命じられて14番倉庫を見張っていた団員が小声で報告した。
「中には伯爵とカンビセス侯爵、それにフードを被った黒づくめの者がいます。身長は180cm前後、細身、性別不明、年齢は30代くらいと思われます」
誰だろう。中に入ってみるしかないか。私は、シビルに合図を出した。
シビルはうなずき、14番倉庫の反対側にある荷揚げ台に私を誘導した。
伯爵の見張りの手下を見ると、一人は靴底で小石を蹴り、所在なさそうに夜をやり過ごしていた。
もう一人は身じろぎもせず、煙草の赤だけが闇に浮いていた。
暗闇に紛れて、屋根伝いに移動する。
犬の獣人のループス族であるシビルは速い。私は息を詰め、必死についていった。
14番倉庫の屋根の端から下を覗くと滑車と荷揚げ台があった。
ここには見張りは居なかった。
閉じられた扉は鍵が掛かっていたが、私の髪に止めていたピンで鍵は開いた。
扉を開けると油と木の匂いが流れ出た。
中は2階の荷置き場で、木箱と麻袋が無造作に積まれている。
シビルが先に入り、私が続いて入ると男たちの声がした。
まずは動かず、耳を澄ました。
だが、すぐにシビルの眉間に皺が寄った。
私も微かな血の臭いを感じた。
床板の隙間から階下を覗くと、声の主が見えた。
「あの薬はちょっと強い幻覚を見るだけだと言っていたじゃないか!」
レノドン伯爵が声を荒げていた。
「なのに、何で、こんなことになる!」
「カクトス、さっきから大声を控えろと言っているだろう。少しは冷静になってくれ」
カンビセス侯爵がレノドン伯爵をなだめるように笑った。
「我々もこのような事態になるとは思っていなかったのです。とにかく、早急に薬を回収するよう命じられています」
もう一人の声は男だった。しかも若い。だが、聞き覚えはなかった。
「だったら、お前が回収しろ。私では無理だ。そんな時間もないからな」
レノドン伯爵は相変わらず、上から目線でものを言っている。
「主は、カンビセス侯爵とレノドン伯爵に命じております。出来ないなら、私からそのように申し上げるだけです」
男がそう答えると、レノドン伯爵は顔を赤くしたまま黙ってしまった。
私やシビルからは男の背しか見えなかった。
カンビセス侯爵はパイプの煙をくゆらせ、無言で男を見ている。
やがて、短く煙を吐いてから言った。
「わかった。やろう。なるべく急いでだ」
「侯爵! これらの始末はどうするんだ!」
カンビセス侯爵の返答にレノドン伯爵が大声で叫んだ。
カンビセス侯爵は首を傾げた。
「おいおい、カクトス。私たちが命じられたのは薬の回収だぞ。化け物退治は、他の者が責任をもってやるんだろう……そうだな?」
レノドン伯爵は目を大きく見開き、カンビセス侯爵と共に対峙している男を見つめた。
「……そうなるでしょう」
男は静かに答えた。
「じゃ、こいつはどうするんだ」
レノドン伯爵が誰かを指さすと、男は踵を返し、歩き出した。
私たちから見えない位置に、他にも人がいるようだ。
耳を澄まし、男の歩く方へ私たちも静かに移動した。
床板の隙間から覗くと、女が鎖と枷に繋がれたまま地面に座り込んでいた。
手首と足首の皮膚は金属に擦れて裂け、乾いた血が黒く固まっている。
ドレスは原型を失い、胸元には土と油で黒ずんだ跡が残っていた。
女は小刻みに首を振り、何かを噛みしめるように喉を鳴らしている。声はない。
口元には、金属の枷が嵌められていた。
私はシビルと顔を見合わせ、助けるかどうか逡巡した。
すると、レノドン伯爵たちと話していた男が、座り込む女に剣先を向けた。
「よく見ておいてください。まずは、こうするのです」
声は穏やかだった。だからこそ、刃が振り下ろされた瞬間、現実が一拍遅れて届いた。
鈍い音。肉が裂ける湿った響き。血の臭い。
女の首が胴から外れ、床を転がった。
落ちた顔と目が合った。
金属の口枷を加えたまま、赤い目だけが生きているように瞬いた。
なんて惨い。
私は動けなかった。ただ、思考だけが空回りしていた。
下に降りるべきか、それとも……。
次の瞬間、首の断面が泡立つように盛り上がった。
骨と肉が音もなく組み上がり、皮膚が縫い合う。
女の頭部は、ありえない速度で“再生した”。
再生した頭が、喉の奥から獣のような咆哮を漏らす。
白く濁った目がこちらを捉えた時、私はハーラクで出遭ったクィーン・ウシュを思い出した。
息を呑んだ、その瞬間。
男はためらいなく、もう一度、刃を振るった。
再び、首が落ちた。
「次も、素早く切ってください」
男は血に濡れた剣を、頭を失った女の衣服で拭いながら淡々と告げた。
「すぐに切らないと厄介なことになりますから」
私は、粟立つ肌の奥で、何かが始まったことに気づいた。
そして、その“何か”が薄気味悪く、胸の奥がざわりとした。




