[20] 囮 ①
【 念のため用語集 】
ハーラク:人工ダンジョン第三階層で魔虫が放たれています
魔虫:瘴気を浴びてなお力を持った昆虫たち
ヤトゥシュ:瘴気を浴びた蚊
ヴィシャ・ルーター:瘴気を浴びた毒蜘蛛
ウシュ:瘴気を浴びた働き蟻
クィーン・ウシュ:瘴気を浴びた女王蟻
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「か、核が最も大きい魔虫は蟻のウシュです」
アンナがすかさず答える。
「今度は蟻かよ」
レイモンドが目を細めた。
「う、ウシュは、と、糖分に引き寄せられます。そ、それと、こ、昆虫の死骸や小動物の肉にも。あ、蟻はウシュになると、に、肉を食べるのです」
アンナの答えに私たちは周囲に散らばっているヤトゥシュの死骸を見た。
「すぐにも来そうですね」
不平等を前に、胸に抑えあまる怒りが込み上げ、気づけば嫌味な口調になっていた。
その含みを汲み取ることもなく、サイラスは相変わらず尊大な語気を崩さなかった。
「俺は、クィーン・ウシュ(女王蟻)を狩りたい。クィーン・ウシュの核は、ここに集まるウシュの数倍の重量だろう」
「く、クィーン・ウシュを狩るなんて、き、危険です」
「危険? お前が囮になれば危険も多少は回避できるんじゃないか?」
「え?」
アンナの顔が強張った。
私は囮という言葉を聞いて、回帰前の2度目の人生を咄嗟に思い出した。
忘れもしないあの恐怖。テオイに言われ、魔獣の囮を簡単に引き受けてしまった過ち。
不意に怯えが全身を纏った。
魔獣の咆哮が耳の奥で蘇り、私に向かってくる姿。
心臓が早鐘を打つ。
囮としての孤独と恐怖が蘇った。
みぞおちが冷え、指先がかじかみ、その冷たさが身体を支配した。
「か弱い女の子を囮にだなんて! お前、騎士の風上にも置けないな」
レイモンドの怒気を帯びた声に、私は我に返った。
「サイラス先輩、クィーン・ウシュをどうやって誘き出すのですか」
フィリップがサイラスに尋ねた。
「コロニー(蟻塚)に水を流す」
「なら、アンナさんが必要なのでは?」
フィリップの質問にサイラスは珍しく即答できないでいた。
「いや、違う。こいつは水を用意してないし、ここらでは水が無さそうだから……」
サイラスが答えに窮すると、フィリップはすぐさま答えた。
「この死骸に毒を仕込めばどうですか。アンナさんどうですか?」
「は、はい。ウシュは死骸を、こ、コロニーに持ち帰りますから、そ、それはいいアイディアです。で、でも、毒が手元になくて……」
アンナが困った顔をする。
「あそこにいますよ。私たちを見ている」
私は腰から剣を取り出し、木々の枝からぶら下がっている毒蜘蛛のヴィシャ・ルーターを剣で指した。
「巨大すぎる」
レイモンドの声が震えた。
8個の赤い単眼が私たちを見据えていた。
牙は象の牙ほどあり、4本の黒い歩脚は竹のように太くしなっている。
「ヴィ、ヴィシャ・ルーターが吐き出す糸に触れたら、逃げ出せません!」
アンナが声を張った。
「アンナさん、毒腺はどこにありますか?」
フィリップが弦に矢をかけ、ヴィシャ・ルーターを狙いながら尋ねた。
「め、目の、う、後ろですが、と、頭胸部は硬いので、ふ、普通の鋼では無理です」
アンナが心配そうにフィリップを見る。
「いや、大丈夫。特別な矢じりだから」
私は剣を構えながらチラリと、フィリップの矢じりを見つめた。
鋼の中に先ほど手にしていた核が入っていた。
なるほど。鋼をさらに硬化させるとは。
ヴィシャ・ルーターがゆっくりと腹部を突き出した。糸いぼの孔がこちらへ向けられる。
まずい。やられる。と、思った瞬間、フィリップが放った矢がヴィシャ・ルーターの頭部を貫いた。
ヴィシャ・ルーターは断末魔を叫び、動かなくなった。
「お前、やるなぁ」
レイモンドは感嘆を漏らしたが、サイラスは不快そうにフィリップを見た。
「勝手なことを!」
助けられたのに、何がどうして勝手なことになるのか。
私は本当に腹が立ったが、我慢した。時間を無駄にできない。
「早く毒腺から毒を取ってしまいましょう」
私は、サイラスに促した。
「アンナ、お前がやれ」
相変わらずの命令口調のサイラスに、私だけでなくフィリップもレイモンドもため息をついた。
「私も行きます」
私は、アンナと共にヴィシャ・ルーターの死骸に向かった。
ぶら下がっているヴィシャ・ルーターの牙からポタポタと毒が漏れ出し、毒を浴びた雑草や葉、根などが黒く変色して、すえた臭いが立ち込めていた。
アンナは死骸の前で屈むとバックから鉄でできた筒状の容器を取り出した。
「な、中には重晶石を塗ってますから、ど、毒は漏れないと思います」
私はうなずいた。
アンナはすぐに筒状の容器の蓋を開け、容器に毒が入るように置いた。
「ちなみに核はどこにあるのかしら? ついでだから取り出そうと思うのだけど」
「ど、毒腺の中にあるので、と、取るのは危険です。さ、サイズも小さいですし」
危険を冒してまで取る必要はないという事か。私はアンナの言うとおりにした。
その時、気のせいかと思うほどの低いざわめきが耳に届いた。




