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幸せタブレット

作者: 春日希為

「また一週間後に」

「はいどうも」

 薬剤師から薬を受け取る。白い袋に一週間分の薬が丁寧に包まれており、そこから、一つ取り出して口に放り込む。

 丸い錠剤をがりがり、ボリボリとかみ砕くと、脳みその奥深くに染み渡っていく

 歪んでいた思考がクリアになり、小躍りをしたくなった。その衝動を必死に抑え込み、小さくスキップをする。

 視界が弾む。

 上下に焦点がズレ、袋がガサガサと騒がしく音を立てる。

 目の間に人が落ちてきた。

 どん、ぐしゃ、ばき、色んな音が一斉に耳に入る。雑音に顔を顰める。クリアになった思考は一気に赤く塗り替えられてしまい、袋に手を伸ばす。

 野次馬が、群がってくる。

「可哀そうに」「不幸なことだ」「残念だ」「ストレスかな」

 私もその声に便乗して「幸せになれなかったんだな」と憐れみを込めた視線を向ける。袋に伸びていた手は十字を切っていた。塗り替えられた視界はもう赤を映していなかった。


 その場を颯爽と去っていく。警官が辺りを封鎖し、救急車のけたたましいサイレンが遠くの方で聞こえる。

 脳が濁る。

 どろどろに溶けていく。

 袋に手を伸ばし、次の日の分の薬を手に取る。

 唾液が分泌される。薬を見るだけでなにかよくない物質が生産されている気がする

 逡巡したが、耐えられず、口に含む。今度はかみ砕かない。口内で転がし、薬草と甘未の中間を楽しむ。美味しくはない。口の中はすぐに唾液まみれになった。喉を大きく上下させ、嚥下する。すーっと、唾液が通ったところから綺麗になっていっている感じがする。

 全部気のせいだ。

 だが、脳みそが体が歓喜の悲鳴を上げているのは事実だ。認める。

 私は、この薬を飲むと幸せになれる。全能感に満たされて仕事も順調、人間関係も良好。国が推進する幸せタブレットなのだ。薬を申請すると助成金だって貰える。

 幸せタブレットはここ数年爆発的に利用者を増やしている。国全体が幸福になっていっている。よいことだ。この国は誰もいがみ合わない。不幸な人は幸せになりそこなったのだ。きっと、反薬主義者だろう。哀れだ。

 ああ、だめだ。そういうことを考えては。思考が濁る。

 不幸な気がして、私はもう一錠飲み込む。

 明るい。

 周りを見渡す。

 皆、一様に袋を携えている。一分ごとに白い錠剤を取りだし、口に含んでいる。中には、瓶に入ったものをラッパ飲みしているやつもいる。

 千鳥足で、口から泡を吹きながら。

「俺は幸せだー」

 と叫んでいる。

 私はそれを聞いて、燃えるような怒りを覚えた。この私よりも幸せなやつが目の前に存在する!

 三錠ほど薬をひっつかんで飲む。これで奴より幸せになったぞ。多幸感に包まれる。


 そんな感じでわたしは家に着くまでに一週間分の薬を飲み切ってしまった。

「不幸だ」

 虚脱感に襲われる。薬が欲しい。幸福になりたい。他人の幸せが羨ましい

 外の奴らが薬を飲んでいる姿が目に入る。

「このわたしより幸せになりやがって」

 目の前で人が飛びおりた。

 ニュースでは、キャスターが水のように薬を飲みながら、死亡事故の報道を読み上げている。自殺者がここ数年で激増しているようだ。

 死体を見に、ベランダから顔を出す。

「不幸だ」

 希死念慮に襲われる。

 薬を飲まなくては。

「薬を。幸せになれる薬を」

 幸福が欲しい。なれない。

 脳に衝撃が走った。私は理解する。

「私は幸せになれない。私は幸せではない」

 体が宙に浮く。浮遊感に包まれて、重力に従い落下する。

 地面に衝突する瞬間、人生で一番の働きをした脳みそはたった一つの答えを提示して、機能を全停止させた。

 それは、この国の真実である。


「人の幸福には限度がない」


「不幸だったのだな」

 ボリボリと音がする。

 どん、ぐしゃ。

「まあ、私は幸福だが」

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