ソザイの私たち
私はカフェで一人紅茶を飲みながら読書を楽しんでいた。
「や、リリィ、お待たせ」
元気のいい挨拶に顔を上げると、満面の笑みの待ち人がやってきた。
「今日は遅かったね、リリィ。何かあったの?」
「それがさぁ、聞いてよ…」
席に着くなり注文もせずに愚痴を始める。私は本を閉じて聞き役に徹する。
そう、私も彼女も同じリリィ。
顔、髪型、髪色、声、背丈、服装、ランク。どれも私と同じ。
違うところをあげるなら二つ。
一つは能力差。私は特に目立つ点はない平均型。彼女は力が少し強くて、足が少し遅い。
そして、もう一つが別々の意思を持っていること。私は少し内向的で彼女は明るい外交的。不思議と考え方、感じ方はそれぞれ違う。
私と向かいのリリィの違いはそれくらい。
二人で他愛のない話に花を咲かせていると、突然、町の中心にある公園の上空に召喚の扉が現れる。扉が開かれると、眩い光と共に地面へと階段が下りていき、遅れて中から数人の女の子が出てくる。
一人ずつ順番に出てきては階段を下りていく。見覚えのある顔が多いが、初めて見る顔が一人いた。
色濃いピンクの長い髪に、控えめなピンク色のドレスを纏い、穏やかな笑みを浮かべて優雅に階段を降りてくる。
「わあ、あの子ガーベラだよ。最高ランクだし、かわいくて強いし、私とは大違いだなぁ」
向かいのリリィが憧れの眼差しで眺めている。
最高ランク。そう、私たちにはランクがある。普段は見えないが、ここの住人の頭の上には小さな星存在している。
星の数でランクが決まっていて、最低が星一、最高は星五まである。
さっきのガーベラは星五の最高ランク。星三で中間の私たちとは見た目も能力値もスキルも比べものにならない。
向かいのリリィが憧れるのも当然だった。何より、最高ランクには特権があった。それが金色に輝く守りの腕輪が最初からついていることだ。守りの腕輪があればソザイに選ばれない。いや、選ばれにくくなる。
召喚の儀が終わり上空の扉が姿を消した途端、町中に鐘が鳴り響く。
「そっか、さっきので…」
向かいのリリィは空を仰いだ。
今鳴り響いている鐘は、私たちに恐怖を与える選別の鐘。
毎日のように召還の扉が開かれ、次々に新しい娘が召還される。けれども私たちの居住区にも限界がある。限界が来れば選別が行われ、私たちはソザイにされてしまう。
誰かの血肉になったり、世界の循環に必要なものになったり。私たちは何らかのソザイになり、数を減らされていく。
居住区の拡大も稀にあるが、私は今まで一度しか見たことがないし、それでもすぐに限界は訪れてしまう。
辺りを見回すと、賑わっていた町は静まり返っていた。
その場に膝をつき、両手を握り合わせて祈る娘。
持っていた果物を地面に落とし、恐怖に顔をこわばらせて耳を塞ぐ娘。
意味もないだろうに建物の影に隠れて息を潜める娘。
皆、自分が選ばれないよう必死だった。かと思えば、向かいのリリィは静かに紅茶を飲んでいた。
「大丈夫だよね、きっと…」
私は誰になく呟くが、そんな私の祈りも虚しく、目の前のリリィの足元から紫色の淡い光が無慈悲に立ち上り全身を覆う。
「あらら、選ばれちゃった」
向かいのリリィは困ったように笑うが、持っているカップは小さく震えていた。
「どうして、どうして守りの腕輪が消えちゃうの。何で私がこんな目に」
少し離れた所で紫色の光に包まれたローズが恐怖に顔をひきつらせて叫んでいた。
「私は最高ランクなのよ。それなのに…」
私の視線に気づいたのか、ローズは私を睨みつけ駆け寄ってくる。
「あなたみたいな低ランクの子が何でこれをつけているのよ。渡しなさいよ」
ローズは私の右手首にはめてある守りの腕輪を引き抜こうと掴みかかってくる。
「やめなよ、あなたにそれは外せないんだから」
「低ランク風情がうるさいのよ。あなたに私の気持ちがわかるものですか」
向かいのリリィが止めに入ってくれるが、ローズの怒りは収まらない。
「わかるよ。だって、私も選ばれてるんだから」
向かいのリリィは表情一つ変えずに淡々と答える。
「あなたは素晴らしい能力を持っているから、きっと誰かの為のソザイになる。でも、私にはあなたみたいな魅力はない。だからきっと世界の一部になる。この虚しさがあなたにはわかる?」
向かいのリリィの言葉の重みに、ローズは叫ぶのをやめた。
「だって、だって…」
私の守りの腕輪を掴むローズの手は弱々しく滑り、膝から地面に崩れ落ち、俯いたまま青色の瞳から涙をこぼしていた。向かいのリリィは静かにローズに近づいて優しく抱きしめた。
私は胸が締めつけられる思いで二人を見ていた。
ローズの言いたいこともわかる。最高ランクの特権であるはずの守りの腕輪が外されてしまったのだ。しかし、最高ランクにしかない素晴らしい能力を持ってるからこそ、誰かのソザイに選ばれてしまうこともある。
向かいのリリィは腕の中ですすり泣くローズの背中を擦りながら微笑む。
「今までありがとう。君と過ごした時間は短かったけれど、とても楽しい時間だった。またいつか出会えたなら、一緒にお茶を飲んで、くだらない話をしよう。約束だよ」
私は何度も頷くだけで、彼女の優しい言葉に溢れる涙を止められなかった。
憎まれ口の一つも言わない彼女がどうして選ばれないといけないのだろう。そんなことを考えても現状を変える力が私にはないのが悔しくてたまらなかった。
段々と二人の姿が薄れていく。
「さようなら」
明るい笑顔と共に流した一筋の涙と言葉を残して向かいのリリィは姿を消した。同時に、選別の鐘はゆっくりと鳴り止んでいく。どうやら今回の選別も終わったようだった。
鐘の音が完全に鳴り止んで少しすると、町はゆっくりと賑やかさを取り戻していったが、周囲の娘たちの表情は暗かった。今回は逃れても次はわからないからだ。
二人が居た場所を見つめたまま、私は立ち尽くしていた。
これまでたくさんの出会いと別れを繰り返し、そのたびに涙を流した。今でもソザイになっていった仲間を思い出せば胸が張り裂けそうになる。その反面、選別の鐘が鳴り終わったとき、選ばれなかったことに安心している自分に嫌気がさす。
鐘の音は鳴り止んでるはずなのに、頭の中の残響音に私は動くことができなかった。
どれくらい呆けていたのだろうか。気付けば太陽は沈み始めていた。
いつまでもここにいても何も変わらない。そう自分に言い聞かせて力なく歩き出し、帰路につくことにした。
頭はぼんやりしているのに、さっきまでの光景だけが鮮明に何度も流れていた。少し歩いて立ち止まり振り返る。さっきまでお茶を楽しんでいたカフェをもう一度見てもリリィはいない。
この世界はなんて非情なのだろうと思ったとき、ふと異世界からある女の子がやってきたことを思い出した。
私たちが住む世界の仕組みを説明したとき、彼女は羨ましいと言っていた。
私は彼女の言葉に耳を疑ったが、彼女の世界では、最初の一人だけが実体を持てるらしい。後から現れた自分と同じ者は、実体を持つことも許されずに綺麗な宝石となり、最初の一人のためだけのソザイになる。そして、十分にソザイとなった後は、最初の一人のソザイにもなれず、別のソザイへと変換される。
だから、私と出会えた彼女は本当に奇跡なのだと涙を流して喜んでいた。
しかし、彼女の来訪は限定的なものだったらしく、あっという間に自分の世界に還ってしまった。
「還りたくない」
別れ際にそう言ったときの彼女の表情が今でも忘れられない。
この世界が始まったとき、私しかいなかった。世界が告げる指示で私は守りの腕輪をつけてもらった。それが今でも外されずに残っているだけ。
前線を離れてしばらく経つ。遠征にも赴いていない。なのにソザイにもならずに私はただここにいるだけ。私が未だにここにいる理由はわからない。それでも…
「消えたくない…」
私はフラつく体を建物に預け、唇を噛み、ぎゅっと目を瞑る。右手首の守りの腕輪にそっと触れて祈った。そう願わずにはいられなかった。
久しぶりの投稿でした( ̄▽ ̄;)
ここまで読んでいただきありがとうございました!




