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「色々言うより簡潔な方があなたには伝わりますね、こういうことは。ずっと好きでした、あなたが」
「えっ?」
「好きでもない子の様子を気にしてお菓子の差し入れなどしませんよ。大人たちの目を盗んでまで」
「あ、えっ、でも」
「わたしの愛情も一種の溺愛だったのかもしれませんね。本人に気付かれないよう手を尽くしていたんですから、あなたの立場を守る為。ですが、あなたはそもそも愛情を知らない人だから気付かなくても仕方がない。気付かれなかったわたしは不幸極まりないですが」
エミーリアはアルバートの口から溢れ出てくる情報に口を開くものの、何も言えずにあわあわしだした。
「あなたの仕事はそんな不幸な男を幸せにすることです。だからわたしと結婚する、分かりましたか?」
ちょっと強めに理解したか確認されれば、悲しいかなエミーリアは日々の王城での教育宛ら間髪を容れずに『はい』と答えていた。
「やっぱりあなたは意地悪な方です。わたくしの癖を知っていて尋ねるのですもの」
「それを知っているくらい、エミーリア様、あなたが好きということですよ」
そうこうしている内に、馬車は一度止まった。
アルバートはエミーリアのサインが入った婚姻届けを貴族院へ届けてもらう人物とここで落ち合うのだと言う。
「こんな短時間で全てを整えたのね」
「失敗は出来ませんからね。だから、あの時返事を急いだのです。時間を掛けると色々面倒ですから。あなただって、わざとサフィールに言付けましたね。わたしに知らせるようにと」
「だって、あなたは意地悪もするけれど、いつだってわたくしを助けてくれたから。お父様が知る前にあなたに知らせたかったの」
婚約が破棄されたことはカリスター侯爵に今日には知らされるだろう。そうなると、あの侯爵ならばエミーリアを次はどう使うか考えるはず。金を生ませるか、利権を生ませるか。そこに本人の幸せなど存在しない。
「ええ、わたくしもそう思ったわ。だから、王城を出て働き口を探そうと」
「働き口が見つかる前にあなたが侯爵に探されていたでしょう。まあ、人攫いの可能性もありましたが。ともかく、この国を出て侯爵の手が届かないところへ行きます。出国記録にあなたの名前が残らないようにして」
「その為の結婚なのね」
「はぁ、何を今まで聞いていたんですか?結婚はわたしがあなたを好きだからです。どうせするのならば、出国の為に先にするまで。あちらに到着したら式は改めて行います」
その後、予定通りアルバートの家の者がやってきて婚姻届二通を持っていった。一通は貴族院の控え。もう一通は、エミーリア達が今日の夜泊まる宿に持ってきてくれる手筈となっているという。
「関所に比較的近い宿を取ってあります。受理された婚姻届を今夜受け取ることになっていますから、明日には直ぐに国境を通過出来ます。ああ、それと、宿帳には『妻、エミーリア』とだけ書いて下さい。その頃には婚姻届は受理済みです。その時間の担当者には既に手を回しましたので。そうそう、夫婦ですから部屋は一つです」
「えっ?」
矢継ぎ早になされるアルバートの説明にエミーリアは驚くしかなかった。




