あなたが知らないあなたの母のこと Side story オスカー・イスカラング16
「お兄様、ありがとうございました」
「大切な妹を守るのは兄の役目だ。まあ、実際に守ったのはアンドリューだけどね」
王子には王子。イザベラを助けてくれたのはアンドリューだった。否、イザベラを有利な立場で救ってくれたのはアンドリューだった。
イザベラの傍を離れたとはいえ、高い位置からシリルはしっかりとその存在を目で追っていた。出入口から早々に出ていってくれればいいと思いながら。ところが、国内の貴族ではない者達がイザベラに話し掛け足止めをした。剰え、出入口とは反対へ連れていく。状況を踏まえれば、イザベラに寄っていった者達も、その後ろに誰がいるかも明白。だから、シリルはその人物と対等以上に向き合えるアンドリューを連れ出した。
シリルが知る、信頼出来て自分の部下の為に動いてくれる唯一の王族を。
「アンドリュー殿下に報いる為にも、わたくしは自分の務めを必ず果たします」
イザベラから欲しいのはその言葉ではない。シリルは望まない状態へ向かい進まなくてはいけない自分達の滑稽さに腹を立てながらも愛しい妹を見つめるしかなかった。
「ところで、以前お兄様はわたくしが希望することをなさって下さるとおっしゃったことを覚えていますか?」
「ああ、勿論」
「今更で申し訳ないのですが、一つ希望を叶えて下さい」
イザベラはマクスウェルの瞳に嘗てのアーサーと同じ昏く狂気に満ちた何かを感じ取ったことをシリルに伝えた。その上で願った、イザベラが産んだ子は全くイザベラに似なかったという噂を広めるように。
男女に関係なく全くイザベラに似ていない子が生まれたこと、そして、自分に似ていない子にイザベラが全く興味を持てないという噂を流してほしいと。
自国のイザベラを扱き下ろしたい令嬢達を利用すれば『やっぱりイザベラは冷たい女だ』と簡単に広まる噂。それに、全く似ていないを加え最終的にローレルがマクスウェルに面白おかしく話せばいい。
「分かった、望む以上の噂を流してあげるよ。皆、美しい君が性悪なのを喜ぶからね。それと、イザベラの懐妊の知らせが父上を引きずり下ろすきっかけならば、実際に子が生まれるまでには時間がある。僕達も早め早めに動いて第一王子に失脚してもらうよう努めるよ。出来れば陛下にもね。それにあちらの王は先王よりはまともだ。子供達を可愛がりすぎるきらいがあるのはいただけないが、国の未来を考えた判断は出来る。アンドリューが力を持てばマクスウェル殿下の未来は決まってくるだろう。マクスウェル殿下が蹴ったイザベラはアンドリューの側近である僕の妹なんだからね」
約二か月後、イザベラは兄との約束を胸に輿入れのためスプラルタ王国を去ったのだった。
迎え入れたカリスター侯爵家の使用人達は、口数が少なく表情を全く崩さないイザベラに最初は驚いたが聞き及んでいた噂通りなのだと知らず知らずのうちにその状況を受け入れていった。
『イザベラ・カリスター侯爵夫人は氷のように冷たい女性らしい』
『大国の公爵令嬢だった時の矜持が高すぎて、周りを見下しているらしい』
噂は勝手に大手を振って歩き出す。イザベラは何をするでもなく、ただ静かにカリスター侯爵邸で過ごしているだけなのに。
様々な噂に加え、ある日事実が混じった。
『カリスター侯爵夫人が懐妊したらしい』と。
勿論、面白おかしく氷の侯爵夫人が産む子はどんな子なのかしらと他家の婦人たちは笑いながら話した。
しかし誰も懐妊の情報が簡単に漏れたことを疑問に思わなかった。イザベラの噂話を娯楽にしているご婦人方には、話すことが重要なのだから。
それを利用して、事実をスプラルタ王国へ逸早く届けたいと思っている人物の思惑があったことなど娯楽を喜ぶ人達にはどうでもいいことだった。
長くなってしまっていますが、お付き合いありがとうございます。




