あなたが知らないあなたの母のこと Side story オスカー・イスカラング14
オスカーは姿勢を崩すことなく、静かに涙を流すイザベラに見とれずにはいられなかった。声も上げなければ、肩を震わすこともない。ただ、涙が朝露の雫のように落ちるだけ。美し過ぎて、涙を拭うことも、止めようと声を掛けることも出来なかった。美しいその様子を止めることすら罪に思えたのだ。
それはシリルも同じ。ただ兄として理解した。イザベラはいつもこうやって泣くのだと。今日はたまたま涙が流れただけ。人形のまま涙など流さなければ、誰もイザベラが泣いているとは気付かない。
イザベラはいつからそうやって泣くだけの人形として過ごしていたのか。あまりにも遠い過去、シリルには妹が無邪気な笑みを見せたことがあったのか、あったとすればどんな表情だったのか思い出すことも出来なかった。
「イザベラ、オスカーを連れていってくれ。でないと、オスカーは職を無くしてしまう。悪かったね、イザベラに喜んでもらいたかったというのに。これだけは、覚えておいて。一人産んだらイザベラは自由だ。後は全て僕がマロスレッド公爵家の当主として行う」
「お兄様、それはアンドリュー殿下と共にですね」
「やっぱり気付いていたんだね」
「いいえ、何も。わたくしはただお兄様に早く当主になってもらいたかっただけです」
イザベラには仮面夫婦を演じさせ、シリルが当主になった後、侯爵家が所有する別荘でオスカーと共に幸せな時間を過ごさせるはずだった。それはシリルにとっても幸せな未来へつながる計画。実現させる手筈も整えたというのに。
だのに、イザベラもまたシリルの未来を願い自分にある切り札を、よりによって王の前で使ってしまっていた。
皮肉なことに、シリルは自分が当主になるまでの時間稼ぎをし、当主になった後にイザベラを助ける予定でいた。一方、イザベラはシリルが早々にマロスレッド公爵家の当主となり采配を振るうことが望ましいと、時間を早める為に自らを差し出した。
第二王子アンドリューに仕えるシリルとしてはイザベラの献身はありがたい。でも、イザベラの兄であるシリルとしては複雑だ。しかし、イザベラの決意を、否、イザベラの決意だからこそ無駄にしてはならないとシリルは思った。
「イザベラ、ありがとう。もし僕に娘が出来たなら、王家の為に結婚するようにはしない。それで許してくれる?」
「許すも何も、それがわたくしの数少ない希望の一つです」
いよいよイザベラがカリスター侯爵家へ嫁す二月前、マクスウェルがスプラルタ王国へやって来た。表向きは婚約者のヘーゼルダイン侯爵令嬢ローレルと交流を持つことと、王国の大臣達と効率的に話し合いをする為に。
友好国の王子の来訪となれば、当然歓迎舞踏会が開かれる。婚約破棄され、既に他国へ嫁ぐことが決まっているイザベラの元にも不思議なことにその舞踏会の招待状が届いた。断ることが出来ない王家からの名指しの招待状にシリルとオスカーは一抹の不安を覚えたのだった。
「問題は王家と繋がりを持つことになるヘーゼルダイン侯爵の一派だろう。それを笠に着てイザベラに何か言う可能性があるのは。残念ながら両親はイザベラを守ることはない。僕も入場のエスコートは出来ても、その後はアンドリューの傍に控えなくてはならないから、イザベラ、頃合いを見て早々に退出するんだよ。御者にも伝えておくから」
国を出て結婚するイザベラには社交の必要など全くない。だからこそ、シリルは出席したという事実を作った後、早々に退出するようにとイザベラにアドバイスをしたのだった。もうこれ以上心が傷付かなくてもいいように。




