あなたが知らないあなたの母のこと Side story オスカー・イスカラング8
オスカーは尋ねられるがままに、シリルが遊学中のイザベラの様子を報告した。極力客観的に。何故なら、一度感情が入ってしまえばオスカーは悔しさのあまり話し続ける自信がなかったのだ。
十五歳からイザベラ付きになって早五年。本当のイザベラがどういう人間か、どうしてこうなってしまったのか知れば知る程悔しい思いしかない。両親にも守られず、悪意ある噂ばかりに囲まれ続けたイザベラを知っているだけに。
けれどオスカーは、一介の騎士。貴族社会で噂をひっくり返し、真実を広める力など残念ながら持っていない。
では目の前で話を聞くシリルはどうなのだろうか。
妹に心を寄せてくれるのではないかという期待もあるが、次期公爵家当主として同じ路線を継承する怖さもある。
イザベラ付きの使用人達から話を聞きだしたのも、パフォーマンスにしか過ぎない可能性も視野にいれなければならない。
だからオスカーは慎重に感情を殺しながら質問に答え続けたのだった。
「君がオスカーだったのか。ところで今いくつ?」
「はい、二十歳になりました」
「婚約者は?」
「おりません。三男で家を継ぐ必要がございませんので、しばらくは護衛騎士としてやっていくつもりです」
「そうか、ありがたい。侍女が話してくれたんだ、イザベラが君には話し掛ける、とね。家族以外の男性には話し掛けてはいけないと教えられていたイザベラにしては珍しいことだから気になっていたんだ、君の存在と理由を。何か思い当たる節はない?」
「わたしが一方的にイザベラお嬢様へ季節ごとの花や動物の様子を報告していたからでしょうか」
「どうして、報告していたの」
「はい。護衛騎士見習いでこちらに参りました折に、侍女から『イザベラお嬢様のお心を守るように』と言われました。当時は騎士としてまだまだ技量が足りませんでしたので、他のことでイザベラお嬢様をお守りする必要があるのだと判断し行っておりました」
オスカーの話す内容に、シリルは時折どうしてそうしたのかを質問する。不思議なもので、質問される度にオスカー自身が気付いていなかった真意が見えてくるのだった。
女性の好きなものは花だと思い話したこと。
女性は動物を可愛いと思っているだろうから話したこと。
どうしてそんな話ばかりをしたのか。それは、喜んでもらえたら、笑みを浮かべてもらえると思ったから。
しかし周囲から人形と揶揄されるイザベラは表情を変えることはなかった。オスカーは不安になり、体温のある人間としてイザベラに季節や天気を感じてもらおうとして話の内容を増やしていった。
「そう、ありがとう」
「勿体ないお言葉です。わたしはイザベラお嬢様のお心を守れてはいませんでしたから」
「どうしたら守れるかな。君には何が足りない?」
シリルの何気ない言葉がオスカーに刺さる。五年前に比べ騎士としての力は上がった。お伽噺になぞって人形が心を持つように話しかけ続けた。
でも、それだけだ。
騎士としての技量が上がることは危険を避けることには繋がるが、心を守ることには繋がらないとどうして気付かなかったのだろうか。心は悪意ある言葉や噂で傷付く。それを躱し守るのは剣ではないのに。
「本気でイザベラの心を守る気があるなら、騎士を辞めて公爵家の私兵になるといい。イザベラの立場は微妙だ。君達がここで勤めていられるのは、王がイザベラを駒にする気がまだあるから。君達への配置換えが行われここに来なくなれば、イザベラは両親の駒になるだけ。ね、今の騎士という立場のままでは守れなくなるでしょ。私兵になったなら、足りないことを教えてあげるよ」
こうしてオスカーは騎士を辞め、シリルの手足になることを選んだのだった。




