閑話 外の世界では誰も知らない幸せな日々
たまには二人の様子を。
とても優しい波動が伝わってくるのが、その子はとても好き。左右をその人の優しい手がゆっくり撫でてくれる。
まだ見ることが出来ない外の世界の話を沢山してくれるこの声。自分を待っていてくれるという優しい声だ。
でも、またいつものように違う声も聞こえてきた。
「この子がエミーに似た女の子ならば目に入れても痛くないだろうな」
「まあ、アルったら。わたしはあなたに似た子なら男の子でも女の子でもいいわ、出来ればわたしから生まれるとしても、あなたに似た子が欲しいけど」
いくら話しても、もう決まっていることなのに。
その子はいくら話しても無駄だと言う代わりに優しい波動を伝えてくれる壁を足で蹴った。
「アル、今日もこの子はとっても元気よ。今、お腹を蹴ったの!」
「ってことは、男の子かな。エミーに似た男の子なら将来怖いくらいにモテそうだ」
「もう、馬鹿なことばかり。ね、困ったお父様ね、お腹の元気な赤ちゃん」
今度はその通りという意思を伝える為にその子は再び壁を蹴る。
「ねえ、アル。この子はわたし達の会話が分かるのかしら?とっても良いタイミングでお腹を蹴るのよ」
「ああ、君に似たら頭の良い子になるからね。生まれる前から色々分かっているんだよ」
「もう、生まれる前からそんな調子でお父様として大丈夫?」
「大丈夫。愛情は溢れるくらいに注ぐけれど、ちゃんと教育もするから。色々なことを見てきたんだ、今度はそれを活かそう」
「ええ、周りの人を沢山幸せに出来るような子に育つよう頑張りましょう」
「そうだね。それにはまずこの子が幸せを知らないと」
その子は聞こえてくる会話そのものが幸せだと感じた。自分を待っている二人は、毎日沢山の言葉を掛けてくれる。壁越しに優しい波動も沢山送ってもくれる。
時には違う声も聞こえて、最後に『チュッ』という音もくれた。その時はアルという声がマイルズという声に服の上からでもダメだと言っていたけれど。
マイルズという声は『僕の大切なメイかオイに家族の親愛を送っただけだ』と言っていた。
壁から伝わってきた親愛という言葉の響きもまたとても幸せそうなものだった。
外に出るのは怖い。でも、それを乗り越えて出た時、きっと沢山の幸せが待っているとその子は分かる。
怖いけど、出たい。そしてその時が近づいている。
アルと呼ばれている声の主が『生まれてきてくれてありがとう』という言葉を掛けるまであと少し。
優しい波動を送る手の持ち主が『わたしの宝物』と涙を流すまであと少し。
この世界のことを忘れてしまっても、また新たな幸せが待っているとその子は思った。
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