あなたが知らない、あなたが居なくなったカリスター侯爵家 Side story マイルズ・カリスター3
最初にエミーリアを見てから数年。末っ子のマイルズは勿論のことカリスター侯爵家の子供達は成長し様々なことを知り理解していった。
年端も行かない頃は良かった。マイルズ達はただ単にエミーリアを少し離れたところから眺めて喜んでいればいいだけだったのだ。
あの高貴な雰囲気を纏う少女がカリスター侯爵家の長女、そしていつかこの国の王妃になるというどこか誇らしい気持ちだけを持っていれば良かった。
しかし成長するに連れ知ってしまったことが、マイルズに重く圧し掛かる。『誇らしく喜ばしい思い』だけを感じることが出来なくなってしまったのだ。
昔、アリアネルに質問した『どうして今はいないの?』の答えを知った時、マイルズはしばらくの間エミーリアの姿を見に行くことを止めた。赤ん坊だったマイルズの姿しか知らないエミーリアが、今のマイルズを群集の中から認識することはないと分かっていたとしても。それでも行くことが出来なかった。
何故なら、エミーリアの美しい笑みはマイルズに喜びを与えてしまう。カリスター侯爵家の人間であるマイルズがエミーリアから受け取ってはいけない感情だというのに。
エミーリアの存在を思い出し大泣きしたアリアネルは、『あの子は花と一緒に祝福をくれる子なの』と言ったことがあった。物心ついた今のマイルズが幼いアリアネルのその言葉を肯定するのは滑稽だが、強ち間違いではない。
祝福などという綺麗な言葉ではないが、エミーリアは多くの利益をカリスター侯爵家にもたらしてくれた。
否、エミーリアだけではない。その母、イザベラも含め、今もなおもたらし続けている。
イザベラが嫁いでくることで、カリスター侯爵家はスプラルタ王国内でそれまでとは比べ物にならないほどの商売の権利を得た。イザベラの生家である公爵家の口利きは非常に大きな力を持っていたのだ。大国の公爵家という後ろ盾は国内の事業においてもカリスター侯爵家に有利に働いた。
また、エミーリアが王子の婚約者になることで、カリスター侯爵家は当然のことながら国内で更に力を持った。王家としては本来、一つの貴族家が多くの力を持つことは避けるべきことだろう。しかし、王宮にあがったエミーリアの準備金という名目で金品を吸い上げていた王家としてはカリスター侯爵家が力と金を持つことに敢えて目をつぶっていた。
マイルズにはエミーリアとイザベラという二人の女性が楔のようにガラスの床に打ち込まれているように思えた。楔を打ち込まれたガラスには当然ヒビが入る。しかし、そのガラスの上に立っているカリスター侯爵家の人間は二人の姿が見えているのに、二人を引き上げようとはしない。否、出来ない。引き上げてしまえば、ヒビの入ったガラスは、そこから砕け散ってしまうからだ。
そして思う、楔を抜かなくてもいつか脆くも砕け散ってしまわないのかと。
「エミーリア様は僕達を恨んでるかなぁ」
「恐らく、何とも思ってないんじゃないか」
「僕は何とも思われないなら、恨まれている方がいいな。だって、それだったら僕達の存在を認識してもらっているってことになる」
マイルズがルーベンとそんなことを話すようになった頃、アリアネルが社交界にデビューした。
再び、アリアネルが兄弟の中でエミーリアに一番近づく機会を得たのだ。
「エミーリア様とは話せたの?」
「ううん、だってデビューのご挨拶は国王様ご夫妻にするものだから。残念だけど、エミーリア様と殿下は少し離れたところに立っていたから無理よ。第一、身分が下のわたしから話し掛けることは出来ないわ」
「僕達って兄弟とは言え、不自由な関係だね。歪んでいる」
「マイルズ、それ、絶対お母さまの前で言っちゃだめよ」
「大っぴらに言えないこと、出来ないことがこの家にはあり過ぎる」
言葉にして憤慨したものの、マイルズにもどうしようも出来ないことだというのは分かっていた。
更に数年後。ルーベンが言った『何とも思っていない』が現実としてカリスター家に突き刺さった。
「エミーリア様、いなくなったの?」
「ああ、昨日殿下から婚約破棄され今日中に王宮からの退去を命じられたそうだ。わたしが部屋を訪ねた時には既にいなかった」
父であるカリスター侯爵の言葉にアイリスが泣き崩れた。
「母上、僕達には泣く資格はありません。今は、エミーリアお姉様を探す手立てを考えるのが先です」
「ルーベン、すまない。アイリスもエミーリアを気に掛けていたんだ、だから」
「だから何ですか、今更です」
両親とルーベンの会話を聞きながら、マイルズは思った。ルーベンも父もエミーリアをもうエミーリア様と呼んではいないと。それは、父が話した馬鹿げた話が本当にあったことで、エミーリアが準王族ではなくなったと決定付けるものだった。
「どうして誰もエミーリアお姉様の生家であるカリスター侯爵家に知らせてくれなかったのでしょうか…」
マイルズは末っ子であることを最大限に利用して無邪気そうに当然と思える質問をしたのだった。
あまり見直しする時間がなく投稿したので、誤字脱字が多かったらごめんなさい。