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36.卑屈

九之池さん、一人でお買いもの

翌朝、ルージェナはビルギットのお店に

魔石を作るために向かった。

九之池は久しぶりに一人で部屋にいた。

ヘーグマンたちは、今日も会議のようだった。

村が壊滅した県は、かなり大事になっているようだった。

ベルトゥル公国からそれなりの立場の人物が

派遣される可能性もあるようだった。

政治のことなど全くわからぬ九之池は、

フーンの一言で終わってしまった。


インドア派の九之池とは言え、スマホも

PCないこの部屋ではゴロゴロするだけだった。


「暇、暇すぎる」

ゴロゴロしながら、独り言をつぶやく九之池だった。


「あーあー、魔物に壊滅された村かぁ」

この世界ではあることだし、特に思い入れが

ある村でもなかった。

だが、あの惨状がどうも鮮明に残っていた。

毎日、人を殺して、その死体を見つめていたときと、

また、違った感じだった。

いずれ旅をしていれば、また、会敵するかもしれない。

積極的に探すことはないが、出会ったら、

なんとかしたいとぼんやりと考えていた。


「そうだ、防具を見て来よう。

そうしよう。それと魚だ!魚を見てみよう」

と独り思い立ち、店に向かった。


「海ってあるのかな?

何となく川魚しかいそうな雰囲気がないなぁ。

ん、塩が安っ。なんでだ、どういうこと?」

心の中で思っていることが、独り言で

だだ洩れしている九之池だった。


「それはですね、天然の岩塩が

産出されるからです。

限りある資源なので、いつかは

なくなってしまいます。

それなのに塩を精製する方法を

何も検討していませんわ」

ふうっ突然、右から、メープルが話かけてきた。


「びぎゃ、ひっ、すっすみません」

突然のことに動揺する九之池だった。


「えっ、えっ???九之池さんですよね」

とメープル。


「そうです、司祭でしたか。

すみません、あまり女性に慣れてないので、

突然、話し掛けられると

どうも動揺してしまって」

と言って、額の汗を拭う九之池だった。


「司祭はどうしてここに?」

知り合いとわかって、落ち着いたのか、

九之池は尋ねたが、視線はどうも

少し開かれた胸元に固定されていた。


そう言った視線に慣れているのか、

少し眉間に皺を寄せて、言った。

「今日は武具の修理のため、

知り合いの鍛冶屋に行こうかと。

ただ、少しラフな服装でしたね」


「えっ、あっと、すみません」

と言って、慌てて視線を逸らした。


「九之池さんはどちらへ?」

とメープルは言った。


「市場に魚を見に来ました。

可能であれば、海の幸でもと

思いましてね」

どうしても彼女の腰回りや胸元に

なぜか視線が誘導されてしまう九之池だった。


「帝都ですと、どうしても川魚が主になります。

新鮮な魚を望むのでしたら、郊外に捕獲へ

向かわないと難しいです」

と言ったが、目を合わせずにちらちらと

覗き見る九之池の視線に

いい加減イライラが募ってきた。


「ええ、そうですか」

九之池は、股間が熱くなり、悟られまいと

必死だった。


「九之池さん、いい加減、情けない態度を

取らずに目を見て、お話ししませんか?

男性のそういう視線もあまりに

続きますと、不快ですわ」

メープルが少し不快感を露わにして言った。


メープルは、同じ世界からの召喚者でも

森の英雄や才籐より、随分と歳上のこの男は

どうしてこんなにも卑屈なのだろうと

思ってしまった。


先日の強烈なインパクトより、

どうも卑屈な態度がしっくりくるのは

長年に渡ってしみ込んだ態度だから

であろうと判断した。


「すみません、もう行きますね。

すみません。では」

と身をかがめて、逃げるように

メープルから離れていった。


メープルはあの男とキリアまで

同行することに暗澹たる気分になってしまった。


魚を取り扱う店の前で、九之池は

惨めな気分になっていた。

少しは変わったと思っていたが、

本質は何も変わっていなかった。

目の前に並べられている腐った魚の目が

自分の目を見ているようで嫌な気分になった。


身体の震えが止まらず、あの力を

自在に使えるようになれば、あんな女、

組み伏せてやるのにと暗い感情が

心を支配しつつあるとき、店員が話しかけてきた。

「おい、さっきから、陰気に立っていられたら、

困るんだよ、買わないなら、どっかいけ」

と九之池に言った。


「えっ、すみません。

もう少し新鮮な魚は置いていませんか?

これ、腐りかけていませんか?」

と店員に尋ねた。


「あっ、なんだよ、仕事の邪魔をするだけでなく、

商品に言いがかりかよ。ざけんな」

と言いながら、九之池の右肩をどついた。


「ぎゃ」


そんな悲鳴を上げて、後方に倒れる九之池。

九之池の心は真っ黒に染まりそうだった。

どの世界でも扱いはさして変わらない。

立ち上がり、あの力で、こいつを殺すころすコロス。


ここの叫びに身体が呼応しようとした瞬間、

背中に大きなやわらかい双丘を感じ、

耳元で何かを囁かれていた。

九之池は、落ち着きを取り戻したが、

股間は相変わらず、熱を帯びたままだった。

否、更に熱を帯びていた。


「九之池さん、落ち着きましたか?」

後方から、抱きしめる司祭がそう言った。


「すっすみません、本当にすみません」

とうろたえるように九之池は、司祭に伝えた。


「すぐにとは言いませんが、

強く心をもってください。

でないとあなた自身の力で、

周りを不幸にします。

アンカシオン教の司祭として、

あなたがより良い方向に向かうことを

祈ることはできますが、最後は九之池さん、

あなた自身が決めることです」

と言って、九之池から離れた。


「そ、れ、と!九之池さん。

あの魚は腐っていません。

ああいうものなのです。

思ったままを口にするのはどうかと思います。

んーそうですね、今日はお昼に

魚料理を作りましょう。

ルージェナさんと教団本部に来てください。

ごちそうします」

そう言うと、先ほどの店員に二言三言、伝えて、

魚を購入すると、メープルは去っていた。


店員が頭を下げたので、九之池も

店員に頭を下げると、宿に一旦、戻った。


無理でした。


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