19.罵倒
九之池さん、M気質なの???
バルザース帝国の国境線に最も近い検問所のため、
規模はそれなりに大きく、周りには一通りの店が
揃っており、そこそこ町は賑わっていた。
薬師の話では、ルージェナの受けた麻痺毒は、
薬師の煎じた薬湯を飲めば、明日にも
回復するとのことであった。
槍の傷は化膿止めの薬を毎日、塗り、
清潔に保てば、治るとのことであった。
「九之池さん、あなたが今後のルージェナの
介護をしてください。
エドゥアールは、馭者の方を
いままで通りお願いします」
とヘーグマンは、言った。
九之池は、頷いて、何かを言おうとしたが、
エドゥアールに遮られた。
「九之池、おまえのせいで、
ルージェナは傷ついたんだ。
四五の言う前にやるべきことをやれ。
薬師の説明は聞いただろう。ったく」
と吐き捨てるように言った。
「明日には、バルザース帝国の帝都に
向かって出発するので、そちらの準備も
忘れずにお願います」
とヘーグマンは、付け加えた。
九之池は、この旅に出る前に
魔獣討伐や素材売却でそこそこに稼いでいた。
そして、この世界での売買も十分に経験したため、
ルージェナの好みそうな食材を探しに
市場に向かった。
九之池なりに何か話のネタに
なりそうな物を考えての行動だった。
市場で果物を物色していると、
林檎や梨のような果物もいくつか見つけたが、
ナイフで皮を剥くということが九之池には
難度が高く、躊躇してしまった。
「うーんうーん、カットフルーツが
見つからない。見切り品がない」
思い悩む九之池だった。
ふと、野菜を中心に売っている店に
目を向けると、黒玉と書かれた
大きなスイカらしきものが山のように積まれていた。
「すみません、これは、果物ですか?」
と尋ねると、
「こりゃ、瓜やど。確かに食事には
この黒い皮を炒めて食べるな。
中身は甘いから、おやつになるけど、
黒いから、あまりうけはよくないな」
「中身の赤いのや黄色のはないんですか?」
「なんや、黒玉やど、そんなんある訳ないだろう。
聞いたこともないわ」
と店のおっちゃんは言った。
「これ、冷やしたのを頂けませんか?
それと、塩を少し売ってください」
と九之池は、黒玉西瓜と
同じようなものだろうと判断して、購入を決めた。
「???冷やすって、これをか!
そんなことする訳ないやろ。
どうしてもって言うんなら、
近くの川で冷やしたらどうや?」
と話してくれた。
「ありがとうございます、
では、一玉とお塩を頂きます」
と言って、九之池は代金を払った。
近くの川は川底が見えるくらいに
透明度が高く、ひんやりとしていた。
九之池は何とか、黒玉が流されないように
石で堤防を作り、半刻ほど、川に黒玉を浸した。
何年振りだろうか、まったりした気分で
自然に触れるのは。
子供の頃は、自然と過ごすのが
当たり前だったのにいつの頃か、
自然との接点はなくなっていた。
「ふぁああー眠い」
と言って、満足そうにあくびをする九之池。
半刻のつもりが一刻も過ごしてしまった。
急いで九之池は検問所に戻った。
戻ると、憤怒の形相でエドゥアールが
九之池を迎えた。
「この馬鹿がぁ、貴様は、今日、
言われたこともできないのか!」
「えっとあのあのあのあの」
「おまえは、ルージェナの世話を
しなければならないのだろう!
それともあれか、貴様は、自ら手を
下すのが嫌だから、化膿を悪化させて、
苦しませてコロスつもりなのか?
恩人に対して随分な態度だな」
聞く耳を持たぬとはこのことであろう。
九之池はぷるぷるしながら、怒声が
終わるのを待った。
「ぐううっ、馬鹿らしい。
今日の分の化膿止めは私が塗っておいた。
明日からはしっかりやれ」
と言って、部屋に戻っていった。
九之池はとりあえず、ルージェナのいる
部屋に向かい、事の次第を話して、詫びた。
「これから、九之池さんがしてくれんですねぇ。
何からなにまで本当にすみません」
「恩人ですから、昨日は本当に助けられましたから」
と九之池は心から言った。
「ところで九之池さん、黒玉の皮で
料理でもするんですか?」
「いや、これは、そのぉ、あのぉ、ルーたんに
食べてほしくて、川で冷やしてきたんです」
「川で冷やす?皮の炒めるのに?なんで?」
とルージェナは予想外に言葉についつい、素で答えた。
「うーん、ちょっと中身の色は違うけど、
ちょっと待ってね」
と言って、おもむろに短刀で四分の1に切り、
塩を少し振りかけた。
そして、がぶりと頬張る。
しゃくしゃくと食べて、種を出すことを繰り返し、
ルージェナにどうぞと言って、手渡した。
「えっ、えっと、ほえっ」
となぞの言葉を残して、九之池への信頼か、
同じように食べた。
そして、「えっ、ええっーーうまっあまっ」
と言って、九之池と同じ行動を無言で繰り返した。
「これは、冷たくするのと、
塩をかけるのがポイントなんですねぇ。
ちょっと種を口から出すのが
恥ずかしいですけど、美味しいです」
と言った。
「中身が黒いのにはびっくりしたけど、
まあ、これが僕のいた世界の食べ方だよ。
中身は赤や黄色だったけどね」
と説明した。
「九之池さん、これは、ナイスなアイディアですよ!」
余程、美味しかったのか、ルージェナはべた褒めした。
「まあ、冷やして、塩をかけるだけだから、
誰でもできるし、広まるといいね」
と九之池も嬉しそうに言った。
「えっ、この方法を秘匿して、
それ元にを売ったりしないんですか?」
「いやいや、こんなの食べたら、
すぐにみんな気づくって」
と九之池は照れくさそうに話した。
前世界では、九之池は毎日、
コンベアから流れてくる部品を箱詰めしたり、
装置に組付けたりするラインワークが
主な仕事であった。
お金のためと割り切っていたため、
改善なんぞ考えることもなく、
時間が早く過ぎることだけを考えて働いていた。
ちょっとしたアイディアでこんなにも
称賛されることなどなかった。
そのため、ルージェナの称賛が妙に気恥ずかしかった。
単にとろいだけでした。




