25. 旅路3(稲生)
再開ですー。よろしくお願いいたします。
埃が漂う空気の中をリンがどかどかと進んでいった。
最初の一言の後に無言でついて行く稲生であった。
「ひえっ」
リンにしては珍しい素っ頓狂な声が
奥から聞こえてきた。稲生は慌ててリンの方へ向かった。
「リン、大丈夫ですか?どうしましたか?」
リンに追いつくと稲生は、後ろから支えた。
そして稲生も珍しい素っ頓狂な声を上げた。
「ひえっ」
リンが稲生の方を振り向いた。
そして驚いた表情で稲生をリンが見つめた。
「えっ稲生。大丈夫?」
「すみません。大丈夫ですが、この部屋は一体?」
かび臭い部屋の壁には3匹のもどきの
画が貼り付けられていた。
そしてその絵に描かれたもどきたちには
短剣が刺さっていた。
「以前、来た時にはこんな絵はなかったのに」
リンは絵に魅入っているようだった。
そして、それは稲生も同じだった。
見覚えのあるものが描かれている絵は2枚だった。
一枚は、妖精もどきだった。そしてもう一枚は、レンだった。
稲生が妓楼で会った女だった。
それは、稲生が生きるか死ぬかの時だった。
勝算は限りなく小さく、生き残るために必死だったが、
少し自棄になっていたことは否めなかった。
そうであってもまさか自分が人ならざるモノと
まぐわっていたとは思いもよらなかった。
今更ながら、変な病原菌やウイルスを貰っていないか
心配になった。
そんな不安を振り払うように稲生は首を左右に振った。
「そう言えば、リン。
確か彼等は老公の知識を吸い上げたいんですよね」
「ええそうよ。
ただその3匹とも求める知識が違うけどね。
うーんうーん」
「それはどういった違いがあるんですか?」
「うーん、胸に短剣を刺されているこの妖精もどきは、
多分、老公の知る技術的な知識、見識。
喉に短剣を刺されているこの人もどきは、
人体というか医学的な知識と技術。
そして最後に魔物もどき。ううん、レンは多分、
政治経済といった、うーん違う違う、
人の在り様や心を知りたいってことかな」
レンだけ名前を呼んでいた。
その点が稲生は気になった。
しかし、リンはそれについて説明する気は
ないようだった。
「老公の持つ知識と経験の魅力は、
関わった者たちをここまで歪ませるほど
恐ろしいものだったんでしょうね。
元々は普通の妖精、ヒト、魔人だったんだもんね。
一つ間違えれば、メリアムさんやノル爺の
未来だったかもしれないし。稲生、
あなたのいた世界の技術はそれほどに
進んでるのよね」
全く実感の湧かない稲生だった。
稲生は文明の利器を発明、開発する側でなく、
享受する側であり、それになんの驚きもなかった。
生まれた頃からそれの利器があり、
利用し、存在することが当たり前であった。
ある意味、この世界の亜人、魔術といった方が
稲生にとっては驚きであった。
「それはまあ、見たことない人達からすれば、
そうなのかもしれませんね。
それはそうとメリアムさんは相当、
もどきたちに近づいていると
考えるべきなのかもしれません」
稲生とリンは絵以外に置かれている様々な物から
薬品調合の形跡を感じ取る事ができた。
リンは僅かに残る薬草や鉱物から
メリアムの調合した薬品を推測していた。
「リン、何か手掛かりになるような痕跡を
見つけられそうですか?」
「うっうん、相当希少な物が使われているよ。
あの獣と稲生が対峙した時に使った身体強化の丸薬より
遥かに効果の高いものとか、諸々ね」
稲生は想像した。高い効果の代償は一体何であろうか。
耐えがたい苦痛、失われる感覚、それとも廃人になって
彷徨う様か。メリアムには、そんな風になって欲しくなかった。
「リン、メリアムさんに何とかして会いましょう。
もしくはもどきを先にどうにかするしかありません」
「メリアムさんに会う事を第一に動くしかないよ。
どのもどきをターゲットにしているのか分からないし。
どちらにしてもそれなりの時間がかかりそう」
リンの表情が曇った。
リンの言わんとすることが稲生の心に浮かび上がっていた。
「子供たちのことはメイドさんたちを信じて預けたから。
それよりも稲生が怯えて暮らしていたら、
子供たちに悪影響を及ぼすから。
いい加減、このくだらない茶番劇に終止符を打ちましょう。
死んだ人は生き返ることはないよ。
故人は偲ぶだけで十分」
稲生もリンと気持ちは同じだった。
稲生はうす暗い部屋から暖かい日差しの外へ
リンの手を引いて出た。
不定期更新ですみません。
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