22. 視察の準備3(九之池)
九之池さん、ストレスマックス!
これ幸いにと執務室を脱出した九之池は、
馬に飛び乗り、冒険者ギルドに向かうことにした。
執務室で毎日、来る日も来る日もサインを
する毎日にうんざりしていた。
久々に討伐依頼でも受注して、魔犬狩りでもしようと
算段していた。
馬を走らせる九之池に毎度のことながら、
振り回されるルージェナが追い付いて来た。
「九之池さん、ギルドは駄目ですよ。
他の冒険者が緊張してしまいますし、
慣例上、依頼なんて受けられませんからね」
「いや、何で!これでも『猛き漆黒の豚』のリーダーだよ」
もはや本人すら、正式名称を忘れているチーム名だった。
ルージェナはとにかく彼がギルドに入ることを
阻止するために色々と言ってみるが、言えば言うほど
意固地になる九之池だった。
冒険者ギルドはかつてないほどの静寂が支配していた。
息する者は誰もなしというほどであった。
一人、九之池の足音と引きずり出そうとする
ルージェナの声のみが静寂の中に虚しく響いていた。
九之池が受付嬢の前に立つと、受付嬢は突然、
何かの病気を発症したのかと思うくらいに蒼白なっていた。
それもそのはずであった。
かつて、九之池を嘲笑し、本人の前で黒豚の名で
侮蔑していたからであった。
侯爵という地位の前に彼女は無力であった。
復讐の恐怖に囚われた彼女は、ただただ己の招いた運命に
絶望するだけであった。
九之池は、声をかけた。
「すみません、この討伐依頼を受けたいけど」
「すみませんー。撤回です。
すみませんー、無視してください」
受付嬢は涙目であった。
どちらを選択しても碌な結果にならないことは
明白だった。
討伐依頼を受領すれば、ギルド長より厳しい叱責が、
無視すれば九之池本人からの嫌がらせが、
そう思って絶望した。
周囲に同調して、この男を馬鹿にしたことを
心から悔いていた。
ならば、少しは罪滅ぼしのためにと
九之池の依頼を受け付けた。
九之池はにんまりとした。ルージェナは腹立たしかった。
しかし、依頼が受け付けられた以上、
遂行しない訳にはいかなかった。
ヴァレリーの耳に入る前に終わらせようと思い、
九之池を急かした。
「九之池さん、今日中に終わらせますよ。
急いでください。
それと馬に騎乗できる方で参加したい方は、
報酬は参加した人数で等分しますので、どうぞ」
恐る恐るであったが4名ほど加わった。
「みなさん、急ぎます。
近場の案件なので、夜までには片づけて、
公都に戻りましょう」
ルージェナを先頭に4名の冒険者と九之池が後に続いた。
積極的なルージェナを見ながら、九之池は、
彼女も不満が溜まっていたんだなと思い、
自分の行動に大いに満足していた。
依頼を出した村につくと、狩人に
すぐさま魔犬の住処に案内させた。
魔犬を見るや否や蒼き5槍が魔犬にめがけて飛翔した。
20匹はいたであろう魔犬は瞬殺であった。
他の面々は呆気に取られていたが、
ルージェナの叱責ですぐさま、魔石と売れそうな部位、
死に切れていない魔犬を倒した。
数匹、逃したがその程度なら村の狩人で
対処できるために依頼完了となった。
村長はギルドの依頼票に記されている名前を
読んで腰を抜かさんばかりに驚いた。
この国の英雄九之池直々の登場な上に依頼は既に完了。
驚きの連続に顎が外れそうであった。
村長のお礼と完了のサインを貰うと、
一行は、すぐさま公都に向けて戻り始めた。
村人たちはその慌ただしさに驚いていたが、
世に聞えた九之池様となると忙しいのだろうと納得した。
九之池は何も出来ずに終わってしまい、
甚だ不満であったが、ルージェナを困らせる訳にも
いかず帰途についた。
同行した冒険者たちは怪我無く短期で依頼が終わり、
満足気であった。
九之池さん、少しストレス発散!