20. 視察の準備1(九之池)
我らがヒーロー九之池さんのターンです!
「まったく何でこんな愚図に
ルージェナは抱かれているんだ。
考えただけでもおぞましい」
ヴァレリーは心の中でそう思い、
執務室をふらふらと漂う九之池を一瞥した。
無論、九之池はルージェナを抱いたことはなかったが、
ヴァレリーは勝手な想像で2人を侮蔑していた。
一先ず、ヴァレリーは、九之池の奇妙な行動を
叱責するよりもまず、旅装について話した。
「領内を視察する際は、馬に騎乗してください。
馬車は私とルージェナが乗ります。
護衛兵を先行させますので、その後を堂々たる態度で
ゆっくりと走らせてください。いいですね?」
九之池はその言葉を聞いて、その場で固まってしまった。
「どうしましたか?」
「馬に乗れない」
「へっ?」
ヴァレリーは貴族にあるまじき声を発してしまった。
失言に気づくと、ワザとらしく咳をした。
「では、出立までに死ぬ気で乗れるようになってください。
馬と教師はこちらで手配します」
ヴァレリーは執事を呼び、指示を出した。
明日から、九之池は朝から特訓が始まることになった。
九之池の気分は良くなることなく、
更に暗澹たる気分になった。
「ぶひひぃーんん」
馬の嘶きか、九之池の嘶きか、聞いた者たちは、
判断つきかねていた。
どうやら訓練の末、九之池は馬に
乗れるようになっていた。
長時間は苦痛のようであっために
領地視察の際だけ騎乗することになった。
しかし、領地の居城まで九之池の
体力と苦痛の許す限り乗馬の訓練をしながら、
向うことになった。
侯爵と公女が領地に向かうだけに
その準備は大層なものとなっていた。
「公都を留守にする間、誰がここの
管理と政務を代行するのかな。
まあ、いいや、ヴァレリーがなんか考えてくれるよね」
書類に印を押しながら、九之池は、
大して深く考えていないことを呟いた。
「ちょっ、九之池さん。
そんなことが誰かの耳に入ったら、
とんでもないことになります。
発言には気を付けてください」
九之池にお茶を入れるルージェナが慌てて、
九之池を窘めた。
九之池がお茶を飲みながら、政務をさぼっていると、
ヴァレリーが一人のエルフを伴って、現れた。
「うおっ、エルフだ」
九之池の言葉にルージェナは頭を抱え、
ヴァレリーは青筋を立て、エルフは苦笑していた。
ヴァレリーに紹介される前にエルフは優雅に会釈をした。
そのエルフは、華麗に九之池の態度をスルーしていた。
「これは、そのすみません。九之池です。
その男エルフを見るのがめずらしくて
ついつい、声が出ちゃいました」
大仰に頭を下げる九之池の言葉と態度に
ヴァレリーは青筋が立つだけでなく、
顔面蒼白となってしまった。
「いえ、こちらこそ、突然の来訪にも関わらず
快くお会いして頂き、真にありがとうございます。
ジューヴェと申します。ジューとお呼びください」
ジューヴェは九之池の非礼を全く気にしていない
かのようであった。
九之池さん、流石です!空気を読めないのは、仕方なし!