15. バリオス領の司祭(才籐)
さっ才籐さん!
「これはこれは、メープル様。お久しぶりです。
そして、こちらの方は召喚者様ですな。
祈らせてください」
バリオス領の教区長は、精悍なドワーフであった。
ローブの袖を捲り、丸太の様に太い腕が露わになっていた。
「ジャバル様。また、鋼でも鍛えていたのですか?」
先程の屋敷でのメープルの態度と
打って変わってにこやかな表情であった。
「むっ、仕方なし。こればかりはどうにもならん。
ドワーフにとって鉄を鍛えることは、
酒を喰らうのと同じようなもんだからな。
ルナリオン様に内緒にしておいてくれ。
くびになったら、趣味に興じることもできないからな」
才籐は理解した。
このおっさんドワーフは、お勤めの時間を
さぼって何かを作っていようだった。
そんなことを考えている才籐の前に突然、
ジャバルが拝跪した。そして、左脚に擦り寄った。
「げげげぇ。おい、おっさん。
俺にはそんな趣味ないぞ。やめろー」
召喚直後は、アグーチンに言い寄られ、
その後は皇子の熱い視線を感じ、
そして、今、おっさんが脚にすり寄っている。
才籐は絶望した。
この世界において、自分は男に好まれるような
タイプの男なのだろうか、認めたくない事実から
才籐は、目を背けたかった。
「はっ、げふんげふん、こりゃすまん。
この左脚の見事な輝き。
これこそが新素材の一つであろう。
たまらぬのう。ふう、鍛えてみたいのう」
おっさんドワーフはうっとりした表情で
才籐の左脚を撫でまわしていた。
鉄フェチか!才籐は少し安心したが、
おっさんが左脚に纏わりつくのは
どうも気持ちの良いものではなかった。
イラーリオはげらげらと笑っていた。
メープルは右腕が見つからないようにと
ローブで隠していた。
左程、寒くないのに才籐の顔色は
土気色になっていた。
そして、才籐と光芒とした表情のジャバルを
見飽きたのか、イラーリオが
おっさんの首根っこを掴み、才籐から引き離した。
「おーい、いい加減、話を進めてくれ。
眠いんだよな」
「はっ、わしは今、何を」
このおっさん、ボケが始まっているのか、
相当な役者かのどちらかだな。
血色の回復した才籐は、そんなことを思っていた。
「先ずは、ジャバル司祭、
この絵に心当たりはないでしょうか?」
もどきの絵をメープルがジャバルに見せた。
「このもどきの行方を捜しています。
私たちは、バリオス領を担当しています。
どうかご協力を」
ジャバルは絵をまじまじと見つめていたが、首を横に振った。
「見たことないな。どうせ秘密裏にすすめているだろう。
よかろう、それなりに伝手もある。当たって見よう」
メープルは一礼した。
「それとジャバル司祭、この地方に
この才籐の左脚と同じような物を
身に付けていた人物を知りませんか?」
メープルがもう一つの旅の目的と協力を
ジャバルに求めた。
世を彷徨う光銀の欠片ともどきについて、
ジャバルに説明をした。
ジャバルは、真摯な表情で説明を聞いていたが、
どちらについても現状、知らぬと答えた。
「この地方で才籐のような金属を見た者がおったら、
噂になるだろう。全くそんな話は聞いたことはない。
この地方にはいないのではないか」
ジャバルの言葉を受けて、才籐は何日か滞在して、
帝都へ戻ることになりそうだと思った。
しかし、メープルは違っていた。
「そうですか、仕方ありませんね。
才籐、初級の魔道義手取扱説明書の
探索項目を参考にして、暫く探します」
才籐はそんな項目があったかなと
怪訝な表情をしたが、メープルの言葉に従った。
「おっおう、老公が後で追加した注釈を
翻訳すれば、良いんだな」
「そうですね。しばらく時間を取って、
翻訳して貰えると助かります」
ジャバルは興味のない素振りで二人の会話を
じっと耳を傾けるだけであった。
「さて、今日はもう休ませて貰いましょう。
ジャバル様、お先に失礼します」
メープルが一礼すると才籐とイラーリオも
それに従い、一礼し、退室した。
貞操の危機、迫るっ!