8. 遠き地にて
あの杖の行方は!
リンの魔法陣が消失する91刻ほど前の
ベルトゥル公国の山中に妖精もどきはいた。(13刻で一日)
このもどきの所有する研究施設のうちの
一つがそこにはあった。
紫色の煙を稲生にかけられて以来、
纏わりつく微弱な魔力がどうももどきを
イラつかせていた。
常人なら、気づかないレベルのものであったが、
尋常ならざるもどきにとっては、常に蚊が
纏わりついているような気分であった。
「あーもう、なんか集中できないなぁ。
くそっ、これなんなん」
色々と試すが、どうも纏わりつく魔力を
かき消すことが出来ずにいた。
外殻に纏わりついているため、
脱皮をすれば問題ないはずであった。
変態が完全に終わっておらず、
あと117刻ほど時が必要であった。
「やあやあ、ごきげんよう。
研究の進捗はどうかな?」
もどきが様々な生物の死体に
囲まれている男へ声をかけた。
「貴様のような想像力の乏しい者にはわかるまい。
この開発の素晴らしさがな。
それなりに順調だが、数を揃えるには時間が必要だ」
「言うねーまー確かに想像力に欠けているのは
認めざるを得ないなー。
君の奇天烈な発想が何を生み出すか
楽しみにしているよ」
パタパターと羽音を鳴らしながら、
かつてバルザース帝国に所属していた召喚者から離れた。
その男はもどきの後ろ姿を見ながら、
憎悪の視線を送っていた。
助けられた覚えなど全く身に覚えがなく、
全く感謝していないようであった。
一刻、一刻と纏わりつく魔力が増えていた。
それに伴って、妖精もどきの不快感も増していた。
「あーもう、イライラするなぁ。
これはリンの魔術だよなぁ。
殺そうかなぁ。どうしようかなぁ」
部屋をパタパタとホバーリングしながら、
思案する妖精もどきであった。
脱皮が出来る様になるまで、
残り23刻となった時、突然、それは起きた。
尋常ならざる魔力を帯びた杖が
妖精もどきの眼前に現れた。
普段のふざけた態度から、
想像がつかないくらいの真剣さで
その杖の出現に反応した。
「なっ、なんだぁこの魔力」
咄嗟に魔石、魔晶をありったけ撒きちらし、
神速で結界魔術を唱えた。
出現した杖は、床に倒れた。
そして、魔力の奔流が杖より流れ出し、爆発した。
「ちぃいいぃー」
結界は吹き飛ばされ、爆発の威力を
全て削ぐことはできなかった。
そして、その威力は妖精もどきを
倒すのに十分な力を残していた。
切り刻まれた無数の切り傷、
凄まじい熱による熱傷、
凄まじい冷気による凍傷、
殴りつけられた無数の打撲痕、
ありとあらゆる痛みと傷を負っていた。
「ぐぎゃぁ、ぐうううぅ、ぴきぃ」
叫び声が幾度も研究室に響き渡っていた。
この苦しみは、脱皮して、脱皮殻と共に捨てるしかない。
そう判断すると、妖精もどきは、魔術を唱えた。
外皮が破れ、そこから白い体液が流れて始めた。
そして、体液の流れ出す部分から
ふにゃりとした腕が現れ、外皮を破った。
更に大量に流れ出す白い体液と共に
以前より小さめの妖精もどきが現れた。
肌は水気があり、全身いたるところが
ぶよぶよしていた。
針で肌をさせば、先ほどの体液が
びちゃりと流れ出しそうであった。
背中らしき部分にある羽根はヨレヨレで
飛ぶことはできそうになく、動くには、
這いずるしかなそうな雰囲気であった。
「稲生、リン。この代償は高くつくよ。
用が済んだら、未来永劫、末代の子孫まで、
この世の地獄を贈ってあげるから。
楽しみにしてね」
白い体液にまみれたソレは、
宙に浮くと赤い液体に満たされた
透明の大きな卵のような物の中に身を埋めた。
その様子を見ていた男は、呟いた。
「あの羽根は、パチモンだったのか。
まあ、いい。
九之池の次は、稲生とやらを苦しめればいいということだな」
男は、一度、止めた思考を再開し、
そこら中に転がる検体から愛おしそうに臓物を
取り上げ始めた。
恐ろしき魔術炸裂!