6. 自宅にて1(稲生)
何だなんだっ!何が起きてるー
屋敷の正門の前に到着すると、
何故か稲生の表情までも険しくなっていた。
門の内側から漂う異常な雰囲気を
察したのだった。
「稲生様、これはっ?
まさか、バルザースでの悪事(浮気)が
露見しているのでは?」
アルバンは、ただならぬ気配に身を震わせた。
そして、自然と稲生の後方に移動していた。
二人は、閉じられている門の前にて、
無言で立ち尽くしていたが、意を決した稲生が
門の取手を掴み、開いた。
取手は、ポカポカした陽気では
考えられないような底冷えする冷たさであった。
開かれた門より流れ出す冷たい風。
二人は言いようのない悪寒を感じた。
「これは一体?稲生様、
あれ以上の悪事を働いたのですか?」
一々、稲生の悪事を強調し、
己の保身を図るアルバンであった。
その意図を十分に感じ取っている稲生であったが、
この状況ではどうすることもできなかった。
眼前に広がる小さい庭園は、
禍々しい雰囲気に対して、
十分に手入れが行き届いていた。
稲生は、ほっと一息ついた。
しかし、稲生の心が安らぐことはなかった。
咲き誇る花々や緑から受ける印象は、
安らぎよりとげとげしさであった。
庭園を横切り、屋敷に入った。
屋敷内には、人の気配を感じられなかったが、
ひりつくような空気と共にほんの少しだが
途切れることなく、念ずるような声が聞こえてきた。
稲生はアルバンが何かを言おうとしたのを
身振り手振りで止めた。
そして、声の聴こえる方に向かって、
慎重に歩き出した。
声の元に近づくために地下へ続く階段を降りた。
ひりつくような空気は、近づくにつれて強くなった。
二人は、皮膚を切り裂かれるような気がした。
地下に作られているリンの魔術研究室。
扉は開かれていた。
部屋の中央に紫色のローブに身を包む者が
杖を両手で握り立っている人物が二人の目にうつった。
二人の存在を認識していないのか、
全く乱れなく、途切れることなく詠唱を続けていた。
アルバンはこの状況に耐え切れなくなったのか、
稲生に話しかけた。
「稲生様、止めた方がよろしいのでは?
魔術の素養のない私でもこの状況がやばそうな
気配を感じます」
稲生は頷いた。
後ろ姿であったが、稲生は
アレがリンであることは分かっていた。
稲生は、リンを見間違えることなど
考えられなかった。
魔術に携わる者なら、このひりつくような空気が
床に描かれた魔法陣に吸収しきれずに
漏れだす残滓であることは直ぐに理解できるであろう。
陣に充填されている尋常でない魔力の量が
本来なら、一人で行使する魔法の類でないことも
理解できるであろう。
そして、それを途中で止めることが
如何に危険であるかということも察するだろう。
ひえっ、ホラーだ!