97.混乱(稲生)
稲生さん、適当に何かをしています!
うつろで濁った目をした九之池が
掛け声をかけながら、剣を滅茶苦茶に
振り回していた。
「ていてい、てえーい」
逃げ纏う群衆の背中に九之池は剣を振り下ろす。
内心、どうか恨みませんように死にませんようにと
都合の良いこと念じながらであった。
群衆に乱入した冒険者たちは、容赦なく倒していった。
そして、それはヘーグマンやアデリナ、
アルバン、ルージェナも同様であった。
ふと、九之池は、稲生の方へ目を向けた。
稲生の行動を暫く観察すると、九之池はわめきはじめた。
「なっ、なんて卑怯な奴だ」
あれだけ非情なことを主張しながら、
あの男は、殺さずに上手く立ち回っていた。
そもそも九之池が剣を手に取ったのは、
自分も殺すという仲間たちへの意思表示であった。
しかし、稲生の行動から、殺さずに済むと判断した。
そして、九之池は、すぐさま剣から、
愛用の棍棒に武器を持ち替え、殴打し始めた。
これなら、加減すれば、死ぬことはないだろと、
思い、気楽な気分になり、振り回し始めた。
「ていていていーててぇーい」
心なしか掛け声も先ほどと違い、明るくなっていた。
九之池に打ち据えられた者たちは、その場に倒れ、昏倒した。
その様子を乱入した幾人かの冒険者たちが眺めていた。
そのうちの1人が大声で話しけて来た。
「おい、そいつらをどうするつもりだ?
おまえのお楽しみのためか、それとも奴隷として、
売り払うつもりか、
まさか、あそこの穴に放り込むつもりか?」
その後のことなど何も考えていなかった九之池は、
曖昧な表情で首を傾げていた。
しかし、その表情は、他の者たちには、
にやにやと笑っているように見えた。
九之池の周りに倒れている人々は、
年頃の女性かそれ以下の男女であった。
九之池の方に目を向けた冒険者たちは、
各々、勝手な想像で納得したようだった。
そのうちの1人が大声で再度、九之池に声をかけた。
「あんまり自分の利益ばかりおってんじゃねえぞ。
それは、山分けだ!いいな」
九之池は、何のことか理解できずに今度は、
曖昧な表情でうなずいた。
冒険者どもは納得したのか、また、戦闘に集中し始めた。
そして、九之池と同じように止めを刺さず、倒し始めていた。
住民たちが殺し、倒され、逃散すると、
冒険者たちは、死体の持ち物には目もくれず、
五体満足そうな者たちを縛りあげ始めた。
血と戦闘で興奮している一部の冒険者たちは、
昏倒している女性を叩き起こし、襲いかかっていた。
九之池の周りには比較的若い女性が多く、
倒れており、それは彼の付近で起きていた。
九之池は、ぼんやりとその光景を見つめていた。
幾人かの女性が悲鳴を上げて助けを求めていた。
突然、九之池の眼前で、冒険者たちの頭部が
西瓜のように飛散した。
次に女性や倒れている人たちから血しぶきが上がった。
「えっ」
状況についていけない九之池。
血に染まった獣のような者たちが素手で
止めを刺していた。
獣のような者たちの1人が九之池を睨みつけた。
「何か言いたいことがあるのか?
あるなら、言ってみるがいい。
ここの奴らは皆殺しだ。
それに与しないなら、貴様も殺す」
「ひっ」
九之池は、その赤く濁った目に籠る殺気に恐怖し、
少々、ちびってしまった。
恐れおののく九之池を見て尚、その獣のような者は、
殺気を鎮めなかった。
否、その視線は、九之池の後方に向かっていた。
「ふーむ、落ち着いて話で頂けませんかな。
そう殺気を溢れされては、どうにもこうにも
話がすすみませんな」
ヘーグマンが殺気を平然と受け流し、飄々と話し掛けた。
「貴様を前にして、我ら一同が警戒を解けるとでも?
我らが大王の無念を忘れられるとでも」
ぐるるっ、ぐるぐるぅ、ぐるぅ、
その男の周りの者たちが喉を鳴らして威嚇した。
ヘーグマンは刀を鞘に納めると、
ため息をついて、言った。
「ふうぅ、戦場での一騎打ちのことを
そう言われましても」
「貴様ら、静まらんか。
我らが獣人の矜持を忘れたか!馬鹿者が」
一際、体躯の大きい獣人が後方から、
怒鳴り声をあげると、一同、瞬時に静まった。
うわっ!九之池さん、酷過ぎる