93.焦る(稲生)
やばーいっ!体力がついたつもりの九之池さん!
「はぁはぁはぁ、出られるのかな、
はぁはぁはぁ、もうだめだぁ。臭すぎる」
九之池が心の底から、弱音を吐いた。
「ぐうううぅ」
九之池が呻き出した。
「九之池さん、しっかりして。
あとわずかですから!
もう、出口は見えています」
九之池のダメっぷりに呆れつつもここで
九之池が脱落でもしようものなら、
全員が彼をサポートするために巻き込まれると
稲生は思い、必死に励ました。
しかし、ふらつく九之池を見て、稲生は叫んだ。
「アルバン!頼めますか?」
アルバンは、稲生の意図を察したが、
己の体力と気力では無理と判断した。
「無理っす。九之池様は運べません」
九之池の速度が次第に落ち、
遂には息を乱しながら、
顔を上げて、歩き始めた。
「ぶびーぶびぃ、もうだめ」
アデリナは、九之池の後方を
見つめると、速度を落とし、
「稲生、ルージェナ、励ますだけでは、
こいつは動かない。
こいつに力を貸してやるから、お前らは走れ。
それと出口を塞がれると厄介だ。
開口部を常に攻撃して塞がれないようにしてろ」
九之池はここに取り残されることが余程、
恐ろしいのか、息を乱しながらも歩行を
止めることはなかった。
「ふん、貴様に眠る奇妙なモノを少し起こす。
意識をしっかりと保てよ。後はお前次第だ」
アデリナは、九之池の心内に精霊を媒介として、
コンタクトした。
ぞわぞわ、九之池は表現しようもない悪寒を感じた。
暑いはずなのだが、全身を寒気が覆っていた。
「はっはっはっ」
呼吸が異常に早くなり、体内を蠢く何かのせいで、
九之池は吐気をもよおした。
「はっはっはっ、げろぉ」
その場に蹲る九之池だった。
何度も吐くが、どうも吐気が止まらない。
そして、全身を覆う悪寒が次第に収まり、
灼熱の暑さにかわり始めていた。
皮膚は赤銅色に変色し始めていた。
「ただの愚物ではなさうだが、
貴様は一体、何者のなのだ。
まあ、いい、動けるな。全力で走れ。
途中で意識を刈り取られたら、あとは知らぬ。
この中で野垂れ死ね。助けには来ぬ」
アデリナはそう言うと、走り始めた。
「はぁはぁはぁ、はぐぅ」
少しでも気を緩めれば、意識を失いそうだった。
ここから動かないと、走らないと死ぬ。
そう言われたことが九之池には恐ろしく、
そして、急き立てていた。
全身が自分のものなのかよく分からなかったが、
とにかく動いた。
身体の動きに意思がついていかなかった。
途中、アデリナを追い抜いたような気がしたが、
上手く知覚できなかった。
陽光の射すところで何人かが必死に剣を
振るっていたり、炎を浴びせたりしていた。
僕もやらなきゃ、九之池はぼんやりと思い、
全力で棍棒を振るった。
壁は、肉を削ぐように裂け、砕けた手持ちの棍棒と
一緒に吹き飛んでしまった。
アデリナが最後に抜けると、九之池はほっとしたのか、
己の身体の変化に目をやった。
そして、衝撃を受けた。
「うえっ、なんだこれっー。稲生さん、ルージェナ、
これって、どうやったら、戻せるんんっ?ぎゃっ」
アデリナは呼吸を乱しながら騒ぐ、
九之池の首筋辺りを短刀の柄で思い切りなぐった。
九之池は、意識を失ってしまった。
ヘタレ!夜勤のできる体力と走る体力は別物