80.最前線の状況2(才籐)
前線でやばいことに!
「なめるな、その程度の魔獣で
俺を屠るつもりかっぁ」
と大剣を片手で振り回し、獣に向かって振り下ろした。
城壁から、この様子を眺めていた軍師は、
アルフレード皇子に抑揚のない声で話かけた。
「いけませんね、あの男、死にますが、よろしいですか?」
アルフレード皇子は驚いたように軍師を見つめた。
数々の魔物を屠ってきた軍の勇者が
あの程度の獣に倒されるはずないと思っていた。
アルフレード皇子にとって、キリアの大森林に
生息していた獣ですら、倒せたと自負している
自慢の将たちであった。
アルフレード皇子の内心を見透かしてか、
優劣に関しては語らず、アファバを死から
救出する方策のみを語った。
「至急、軍を繰り出して、あのあたりを乱戦に
持ち込みなさい。
さすれば、あのお腹の減っている獣は、
もっと柔らかくておいしそうな兵に飛びつくでしょう」
「いえ、私は、アファバがあの魔獣を
屠ることを信じています。
そして、我が軍には、彼が負けるとは
誰も思っておりません」
とアルフレード皇子は真摯な表情で
軍師を見つめて、断言した。
軍師は、ため息をついて、諦めたのか、
それから何も言わなかった。
軍師の態度はいつものことなので、
周りの諸将は特に気にした風もなく、
アファバと獣の戦況を見守っていた。
「ふっ、ふははは、これは面白い。
おもしろいモノを渡された」
とアグリッパは繰り広げられる眼前の戦いを
見て、そう言った。
お互いに似たような雄叫びを上げながら、
大剣と牙、爪を交えていた。
遠目にはお互いの力が拮抗しているように
見えるが、当のアグリッパには、
獣が圧倒していることがはっきりと理解できた。
獣は、一思いに殺さず、素体となったモノの
習性なのかアファバという生餌で遊んでいた。
アファバは、雄叫びを上げて、何度も獣に
大剣を振るったが、大剣が獣を捉えることはなかった。
如何ともし難い絶望的な速度の差があることを
歴戦の戦士であるアファバは理解していた。
そして、この場を生きて逃れることができないことも。
「くそがぁ、俺もここまでか。
ふん、まあ、よい。あの男に従って、
随分と糞みたいな人生が一変したからな」
全身を死なない程度に切り刻まれていたが、
アファバは、大剣を構え、何事かを呟いていた。
「使うか。あの女を抱いた代償を」
アファバは、そう言うと、片手で剣を
青空へ高く掲げ、片手で無数の魔晶を
天高く放り投げた。
無数の光が反射し、彼の周りを光の筋が覆った。
「捧げよ捧げよこの魂を。
アルフレード皇子に捧げよ、がああっー」
膨大な魔術の渦が男を包んだ。
その直後、アファバは、人ならざる速度で
様子を見つめていた獣に突進した。
耳を劈くような凄まじい咆哮が辺りを支配した。
それはどちらが発したのか、両者が発したのか、
間近にいたアグリッパですら、分からなかった。
アグリッパの側でぴちぴちと動く斬り飛ばされた
一本の獣の前足。
獣はそんなことお構いなしに何も言わなくなった死体を
貪っていた。
アグリッパは、歓喜に震えていた。
まさかこれほどとは、予想だにしていなかった。
時節、聞こえる骨を噛み砕く音、
そして、先ほど欠損した前足が、ゆっくりとだが
確実に生えてきている。
人知を超える速さに加え、骨すらかみ砕く力と
あり得ない回復力を垣間見て、
バルザース帝国侵略の最大の障害である皇子を
屠れることをアグリッパは、確信した。
両軍の諸将は、それぞれの事情で突然、
登場した獣の登場に大いに悩ませた。
バルザース帝国軍は、城壁があるとはいえ、
あのような化け物を相手にすることに。
レズェエフ王国軍は、果たして、獣が陣内で
暴走しないだろうかと。
「仕方ありません。これは、討伐ではありません。
魔物を不利な方へ誘い込んでの有利な状況下での
戦いとはいきませんので」
と軍師が無言のままのアルフレード皇子に話しかけた。
「わかっている。しかし、勇敢な戦士を失ったことは、、、」
と絞り出すように答えると、その場をイラーリオに任せて、
部屋に戻っていった。
一騎打ちから、2~3日、散発的な争いは
あるが、大きな変化なく過ぎた。
両軍の動きが硬直気味の中、
時節、激しい暑さの中、弱い雨が降った。
城内の兵士たちは、蒸し暑さと淀んだ空気に苦しみ、
士気は目に見えて落ちて行った。
才藤さん、逃げ出せー