72.ヘロヘロ(稲生)
稲生さん、久々の訓練
「いーのーう、もう流石に飽きたぞ。
それより、そこに畏まっている九之池と
手合わせをしろ。
どちらの英雄殿が強いか、面白そうだ」
とアデリナが一旦、話が途切れたタイミングで
声をかけた。
「えっ」
突然の話に驚く九之池。
「えっ」
手合わせとは言え、召喚者として評価が
絶賛上昇中の九之池にけちをつけたくないシリア卿。
「えっ」
単純にめんどくさいと感じた稲生。
「えっ、えっ、五月蠅いぞ、お前ら。
おい、二人ともさっさと準備をはじめろ。
シリア卿、鍛練所のようなものはどこだ?」
「いや、それは」
と言葉を濁すシリア卿であったが、
アデリナが殺気を込めた視線を送ると、
諦めのか、九之池に案内するように指示を出した。
「アルバン、お前も暇だったろう。
審判をやれ。
近くで二人の英雄の鍛錬の様を
学ばせて貰うんだな」
とアデリナが言うと、アルバンは慇懃に
了解の旨を伝えるが、心内では、べつのことを考えていた。
この二人の手合わせから、学ぶこと?
ないっしょ。ないでしょ。
力任せに棒を振り回すだけ、片や策を巡らせて、
上手く立ち回るだけ。
学ぶべき技術が到底、ない。
まだ、バルザース帝国の才籐の方が
学ぶべき技術が多少はあるだろうよと毒づいていた。
そして、開始から2刻のときが過ぎた。
稲生と九之池はヘロヘロになっていた。
二人の拙い手合わせを見るのに飽きたのか、
アデリナは、アルバンも含む3人と同時に
手合わせを始めた。
無論、圧倒的されて、ぼこぼこにされた3人であった。
その様子をシリア卿が途中まで見学していたが、
アデリナの実力を知るにあたり、眉間に皺を
寄せて眺めていた。
あれほどの剛の者が神像兵器と称させる武具を扱い、
最大で14人もいるとなると、隣国ではないにしろ、
脅威を感じざるを得なかった。
ひょいっと突然、シリア卿に話しかけるヘーグマン。
「私が若ければ、何とか互角の争いができそうですな。
ふむ、武具の差がどこまで影響するかですな」
「驚かすな、ヘーグマン。
戦場で充分に吸わせてきただろう。
今なら、ミスリル鋼すら、容易に切り裂くだろう」
と不機嫌そうに答えた。
時節、九之池の情けない叫びが鍛練場に
響き渡っている。
稲生やアルバンは流石にそのような叫びは上げないが、
苦痛に呻く声はたまに上がっていた。
「その剣ですら、変貌した九之池殿を
切り裂くこと叶わずでした」
といって、にょほほとヘーグマンが笑った。
「ふん、自分の意思でコントロールできぬそのような力、
単に己を不幸にするだけだろうな。
おい、ヘーグマン、あの黒エルフが
ちらちらと見ているが、誘いには乗るなよ、いいな」
と数少ない手札を見せたくないシリア卿が念を押した。
「美女の熱烈な視線なら、どうにも断れませんが、
殺気のこもった視線では、どうにも魅力を
感じませんので、ご心配におよびません」
「ふん、大国はやはり文武に人材がそれなりに揃っているな。
羨ましいことよ。エドゥアールに伝えておけ。
風呂と食事、客室の準備を急ぐようにとな。
あの黒エフル、口は悪いが、こちらの事情を慮って、
あの稽古で時間を潰しているのだからな」
と自嘲気味に呟き、ヘーグマンを伴って、鍛練場を後にした。
バテバテで動けない男ども!