69.凡ミス(九之池)
九之池さん、だめだめーダメダメー
「稲生様、あの方は我々の宿泊場所を
確認せずに行ってしまわれましたが、
よろしいのでしょうか?」
とアルバンが稲生に尋ねた。
「2,3日、音沙汰が無いようでしたら、
こちらから尋ねましょう。
彼の住んでいる場所は、分かっていますからね」
と稲生が涼しげな表情で言った。
アルバンは心の中で毒づいた。
けっ、音沙汰なんてある訳ないだろうが。
2,3日、あの豚をやきもきさせて、
優位に立ちたいだけだろうがよ、下種が。
そんな気持ちであったが、アルバンは、
おくびにも出さず、表面的には、にこやかに
「了解いたしました」と答えた。
「おい、お前ら、どうでもいいが、
さっさと、キリアの出張所に顔を出しに行くぞ」
と稲生とアルバンの心内を知ってか知らずか、
めんどくさいのは御免だという感じでさっさと歩きだした。
一方、稲生たちと別れた九之池は、
先ほどの緊張が解けるや嫌なイライラが募り始めていた。
本人に自覚がないのか、周りに聞こえるくらいの声で、
罵り始めた。無論、独り言だった。
「なんなんだよ、あの黒エルフは!
稲生さんも全くフォローもせずに黙っているし、
そもそもこんなところまで来るなんて、余程の暇人じゃん。
それとも嫁と上手くいってないのかな。
となると、あの黒エルフと不倫旅行なのかな。
くううぅーなんでなんで、稲生ばっかりなんだよ、
なんかムカつく」
途中から、勝手な九之池の妄想で稲生に対して、
勝手に怒り出す始末であった。
シリア卿の屋敷に到着すると、まず、ルージェナに
稲生たちに出会ったこと話した。
「へえぇー稲生さんがですか!
意外ですよねー子煩悩で奥様に
べったりなイメージですけど、
余程の事情があるんですかね。
折角ですから、九之池さん、稲生さんたちの
宿泊しているところに行って、
夕食でも一緒にどうですか?」
とルージェナが提案した。
「えっ!」
九之池は、ここに来て、己のミスに気付いた。
「えっ?」
九之池の過剰な反応にどう答えて、
良いか分からず、オウム返しに答えるルージェナ。
しばしの沈黙の後で、
「まさか、九之池さん、
場所を聞き忘れたんじゃないでしょうね」
と念押しするように尋ねるルージェナ。
「いや、そのぉ、あの。
そうそう、シリア卿の屋敷を訪れるようにと
稲生さんに伝えてあるんよ。そう、そういうこと」
ルージェナから、視線を外し、
本日、二度目の大量の発汗が始まっていた。
「ふーん、そうですか。
私たちが訪問したときは、
あんなに歓待して頂いたのに、
流石にそれはないんじゃないかなぁと
愚考しますが」
と珍しく冷たい目線を九之池に送るルージェナだった。
「すっすみません。明日、街に探しに行ってきます」
と何度も高速で頭を下げる九之池だった。
「まあ、稲生さんのことですから、
ベルトゥルを去る前にここを訪れると思いますよ。
もし、来なければ、そうですねー、
残念ですが、九之池さんの方から交友を
絶ったということになります」
と容赦なく九之池を断罪するルージェナであった。
気のせいか、笑いを堪えている様にも見受けられた。
下げていた頭をようやく上げて、泣きそうな顔で
頷いた九之池は、ふらふらしながら、
自分の部屋に戻っていった。
そんな様子を後方から見ていたエドゥアールが
ルージェナに声をかけた。
「珍しく手厳しいな、ルージェナ」
「いえいえ、私が報告書を纏めている間、
街で遊んでいた罰ですよ。
と言うのが一つと、貴族に列せられる以上、
普段から、礼節を重んじられるように
少しお灸を据えてみたのです」
と言って、ルージェナが微笑んだ。
「ふむ、そうだな、それは必要だな」
とルージェナの行動に納得したのか、
シリア卿の執務室へエドゥアールは向かった。
性格は中々、変わらないですね