64.情報漏洩(九之池)
ありえないっ!
翌日、九之池は意識が回復し、周囲を見渡した。
今の生き残る兵士たちは疲れ果てていた。
そしてどの兵士たちも暗澹たる表情であった。
一日を生き延びても兵士達には、単に死が
一日延びただけとしか感じられなかった。
彼らは、この戦況が変わることに希望を見出せずにいた。
そんな周囲の雰囲気に九之池も暗い気分に陥っていた。
九之池は、昨日の朦朧とした中で覚えていた単語が
頭に浮かび、傍にいたルージェナに尋ねた。
「ルージェナ、そう言えば、昨日の本陣での会議で
確か援軍があと少しで到着するって言っていたよね」
声の調整が上手くいかないのか、大声になってしまった。
「ちょっ、九之池さん、声が大きいですっ」
と咄嗟にルージェナが注意したが、遅かった。
周りの兵士たちは援軍という言葉に惹かれたのか、
一斉に九之池の方に顔を向けた。
「ごめんね、ルージェナ。
声を小さくするよ。
確かヘーグマンさんが言っていたよね。
それまで粘れば何とかなるって」
小さくしたつもりの声が相変わらず、大きく周囲に響いた。
「おいおい、その話は本当なのか」
「まじかよ」
「後、数日」
兵士たちが思い思いの言葉を呟く。
「ちょっ、九之池さん、本営からの
発表無しに情報を漏らしたらまずいですよ」
と真剣な表情をしつつも慌てていた。
「えっごめんね、ルージェナ。
まあ、でもヘーグマンさんが言うなら、
援軍の件は大丈夫でしょ」
と身体を丸めて、ひそひそ話の態を取るも、
声は相変わらず、大きく周囲に響いた。
「知りませんし、何も聞いていません。
絶対に私たちは知りませんー」
とルージェナが大きな声で周囲に
アピールしていたが、最早、誰もそんな声を
聞いてはいなかった。
凄まじい速度で援軍の情報が広まり、
前線の士気が回復し、兵士たちに生気が戻った。
あの夜襲で敵兵を押し戻した英雄九之池の
発言ということで、多くの兵士たちがそのことを
信じた。
本陣では、前線がやたらと騒がしくなっていることに
不信を感じ、ドルチェグスト男爵に至急、調べさせた。
「なぜ、援軍の件を兵士が既に
知っているんだ、どういうことだ」
苦虫をかみつぶしたような表情で
グルムール侯爵がいきり立った。
「どうやら、九之池が情報の出所らしいです」
とドルチェグスト男爵が答えた。
「また、あの男か」
と短くグルムール侯爵が答えた。
本来なら、この貴重な情報持って、
自分が兵士を戦場で鼓舞して、
今回の失態の回復を狙うつもりだった。
それを九之池が横取りしたような形に
なってしまったためにグルムール侯爵は、
不愉快極まりなかった。
「グルムール侯爵、援軍の件が
広まってしまった以上、
正式にアナウンスしないと、
兵士の心が落ち着きません。
我々の計画とは少々、違いますが、
各拠点に伝えましょう」
とバルモフ伯爵がグルムール侯爵に注進した。
「ぐぬぬぬっ、口惜しいが
仕方あるまい、関係各位、連絡しろ」
怒りのためか、口から血が
垂れるグルムール侯爵であった。
ここは戦場であり、怪我をするのは
当然であるが、グルムール侯爵は
敵と相見える前に口から出血する怪我を
負ってしまった。
情報漏洩は絶対に駄目でしょう!