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53.変貌(九之池)

もうだめ、限界

夜、12刻ごろ、突然、ベルトゥル公国軍の

陣地のいたるところに叫び声がこだました。


九之池は眠そうな目を擦り、

喚き叫ぶ兵士達の見ている方に目をやった。


星々の明りを頼りに九之池は見ると、

眼下に無数の紅い点が広がっていた。

そして、それは、坂を上っていた。

幾人かの気の利く兵が火矢をそこに放つと、

そこには幾千、幾万ともつかぬ魔物の群れがいた。


「夜襲だっ。起きろおー」

と至る所で叫び声が聞こえるが、

魔物からは咆哮一つきこえてこなかった。


ベルトゥル公国は統率が取れぬままに

レズェエフ王国軍との戦がはじまった。

九之池も武器を取り、配下の者の点呼を取ると、参戦した。


魔物自体にはさほどの強さはなく、余裕で対応できたが、

この暗闇と数の暴力が次第にベルトゥル公国軍の兵を

圧迫し始めていた。


魔物は、兵に食らいつき、

その新鮮な肉を貪っていた。

至る所で悲鳴が聞こえるが、

どの兵にも助ける余裕はなかった。

そして、言葉の通じぬ相手に降伏を

求めることもできなかった。


この軍を統括するグルムール侯爵は、

本陣にもたらされる報告に対し、何の処置も

施すことができなかった。

「バルモフ伯爵、ドルチェグスト男爵、

貴公らの兵をもって、奴らを押し返せ」

とグルムール侯爵は命じた。


両者は、はっきりと断った。

「混乱極まりない場所へ兵を出すと、更に混乱します。

ここで、事態の推移を見て、撃ってでます」


「最大兵力を持つグルムール侯爵こそ、

ここは出るべきでしょう。

過少の兵では無駄死にします」


本陣はそれなりに強力な柵に囲まれており、

それなり耐えられるだろう。

二人はここに残りたいがために必死に別のことを献策した。


九之池の周りは魔物で溢れかえっていた。

見知った声や部下の叫び声が聞こえても

九之池に助ける余裕はなかった。

自分のことだけで精一杯だった。

二つの紅い点に目がけて疲れた手を

振り上げて、振り下ろし、叩き潰す。

その行為を繰り返すだけだった。


薄ぼんやりとだが、食いちぎられた死体が

無数に転がっているのが見えた。


九之池は目を閉じて、この現実から

目を逸らしたかったが、目を閉じれば、死ぬ。


阿鼻叫喚の様相に九之池は耳を塞ぎたかったが、

耳を塞げば、死ぬ。


血と鉄の臭いが周囲を覆い、

不快な臭いに鼻をつまみたかったが、

鼻をつまめば、死ぬ。


死にたくなければ、ただ、ひたすら腕を

振るうしかなかった。

さほどの時間が経過したわけではなかったが、

九之池の感情は摩滅していた。

周りにいた部下も散り散りばらばらになり、

どうなったかわからなかった。

ひたすら腕を振るいながら、坂道を

くだっていく九之池だった。

この世に地獄があるならば、

今が正にそうであろうとぼんやりとしながら思った。


九之池の腕の振りは次第に鈍くなり、

遂に小鬼や魔犬に引きずり倒され、噛みつかれ、

踏みつけられた。

痛みで我に返った九之池は必死に暴れ、叫んだ。

少し離れた至るところで、沢山、似たようなことが

起こっていた。

眼に入る兵の死体は、欠損しており、恐怖と苦痛に

侵されて死んでいるように九之池には思えた。


「しっ死ぬ。グギャ、誰か助けて、

ギギッ、死にたくない、痛い痛い痛い

いたいイタイ痛いイタイイタイタイたい」

狂ったように叫ぶ九之池。


九之池の意識の中で何かが弾け飛んだ。


おぞましい絶叫となりはて、

人の言葉を発することはなくなっていた。


突然、九之池が咆哮した。


そして、身体の体毛が濃くなり、

皮膚が赤銅色に変わり、額の両側に

角が生えていた。


立ち上がると、理性を感じさせぬ黒い目が

周囲を見渡した。

脚に噛みついている魔犬を右腕で

軽く払いのけると、その魔犬は、

近くの木にぶつかり、ぐしゃりと潰れた。


右脚を大きく上げて、四股を踏むと、

大地が震えた。

そして、息を吸い込み凄まじい咆哮を放つと、

暗闇が裂けると感じるほどに大気が震えた。


魔物は本能で死の恐怖を感じたのだろうか、

坂道を転げるように撤収を開始した。

九之池は追うことも倒すこともせずに、

拳で大地を叩きつけた。

大地が裂け、熱雲が魔物たちを覆った。


九之池は雄叫びを上げると、ゆっくりと

死体で埋まる坂を上り始めた。


遂に本気・・・・・

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