44.帰宅(稲生)
稲生さん、良い所なしっ!
一旦、手合わせ、否、泥仕合を
中断したメープルとアデリナは、服から土や埃を
はらい、服装を正した。
稲生と皇子が二人に近づき、まず、皇子が声をかけた。
「アデリナさん、満足されましたか?
十分に実力は計れたでしょう。
あまり派手に立ち回っていますと、
そのうち、我が国の暗殺者たちが動きますよ」
「ふん、それはそれで面白がな。
目的も果たせたし、帰国するから、今回は見逃せ」
とアデリナが普段の冷たい表情で答えた。
皇子とアデリナが何やらやり合っているため、
稲生はメープルに話しかけた。
「メープルさん、怪我はありませんか?」
「稲生様、お気遣いありがとうございます。
久々に身体を動かしましたので、
実のところ、すっきりとしております。
それより、稲生様、なぜ、こちらに来られるなら、
前もってご連絡をくださらなかったですかっ!」
少し怒った顔で、頬を膨らませるメープルだった。
「すみません、突然だったもので」
「では、お詫びに明日は、どこかに連れてってください」
と確固たる決意を見て取れる表情でメープルが伝えた。
稲生はその表情に気圧されてしまい、
ついつい、了解してしまった。
才籐のことを心配する稲生に
満面の笑みでメープルは答えた。
「問題ありません、彼も大人ですから、
一日くらい顔を出さなくても大丈夫です。
ただ、お手数ですが、才籐の治療がある程度、
終わるまで居てあげてください。
口では色々と言っていますが、稲生様といると
安心するようですので、お願いします」
稲生は、皇子と同じようなことを
メープルが言ったためにかなり驚いた。
全くそんな感じには思えなったが、才籐が落ち着いて、
治療に臨めるならと思い、了解した。
「おい、稲生、そろそろ戻るぞ。
その前に才藤に会うのか?」
とアデリナが皇子との会話が済んだのか、
話し掛けて来た。
「いえ、また、後日、会いにきますので。
今日は、もう、戻りましょう。
アデリナさんも随分と汚れていますから、
早く帰宅した方が良さそうです」
「ふん、一人で帰れるが、まあ、いい。
今日であらかたこの地での任務、
というより目的も達成できたしな」
稲生は満足そうなアデリナを見て、
大方、この地での強者との立ち合いが
ほぼ終わったのだろうと予想した。
そんな稲生の想像を知ってか知らずか、
皇子がアデリナに話しかけた。
「これは、キリア王朝が誇る14柱の一人が
新像兵器を用いない立ち合いで満足するとは
思えませぬが」
「おいおい、それは立ち合いでなく、
殺し合いになるだろうよ。
手合わせが楽しめたら、それでいいんだよ」
とアデリナが低い声で威嚇した。
「ふむ、しかし、我が国の将軍クラスの力量を
持ち帰られるのも少々、厄介なことですね。
困りました。
あなたのような美しい女性は捕縛されれば、
嫌なことになりますし、斬るのもすすみません。
さて、どうしたものでしょう」
と皇子が困ったような顔をして、
ゆっくりとアデリナに近づいた。
「確実なことは、勝つことはできないが、
此処から逃げることは可能だ。
無駄なことはお互いに止めておこう。
ちなみに稲生を人質にするなら、すればいい。
好きにしていいぞ。
獣の討伐だけが功績の男なんぞに
いつまでも王朝はこだわらん」
断言すると、アデリナは豹のように
しなやかな動作で臨戦態勢を取った。
先ほどと全く違う雰囲気を身に纏っていた。
「ふーむ、わかりました。
稲生さんを拷問にかける訳にもいきませんから、
お互い見なかったことにしましょう。
ですが、あまり派手に暴れるは本当に
止めてくださいね」
「ふむ、もう、帰国の途につくから、気にするな。
そうか、そうだな。稲生が拷問にかかるようなら、
才籐は恐らく、貴様の敵に回るだろうからな。
噂は本当らしいな」
と意味深なことを言うと、稲生へ先に
戻ると伝えて、この場を去った。
稲生は二人の会話を聞き、どうでもいいことが
頭から離れなくなった。
もしかして、皇子は、男好きなのかと。
心の中で呟いていた。
才籐に帰宅の挨拶を伝えて、教会を出ると、
おもむろに皇子が言った。
「いえ、違います。女性も男性も等しく愛せます」
メープルは額に手をのせて、ふううと
ため息をついていた。
恐らく昔から知ってはいるが、
受け入れがたいことなのうだろう。
稲生が驚きで何も言えなかったが、
皇子が続けて、にこやかに言った。
「ご心配には及びません。
稲生さんは私の好みから少し外れていますので。
では、また、後日」
颯爽と歩き去る皇子をメープルと稲生が見送り、
なんだか疲れたような表情で二人は
顔を見合わせて、明日の予定を確認して、
稲生は商館に戻った。
困ったもんだ!男スキー。