17.実力の程(稲生)
エロエロ、稲生さん。
「少し気になることがあります。
ちょっと、話かけて来てください。
誰も話かけず、足を止めないのが
どうも気になります」
と稲生が真剣に言った。
けっ、あんたのようなスケベ面に
ガン見されていたら、いい気分は
しないだろうよと思いつつ、
アルバンもあれほどの容姿に誰も足を
止めないことを不思議に感じていた。
「稲生様、流石にその指示は
ちょっとどうかと思いますが?」
と無駄であろうと思ったが、アルバンは反論した。
「問題ありません。
これも情報収集の一環です。
私は黒髪で目立ちますので、頼みます」
と稲生が最もらしい理由を挙げた。
確かに周辺諸国で黒髪は珍しいが、
今の稲生はフードを被っていた。
アルバンは諦めたのか、とぼとぼと
彼女の傍に歩いてき、話かけて、
何事かの交渉を始めた。
稲生の方を指差して、手振り身振りの
大げさなゼスチャーをしながら、
説明をしているように稲生には見えた。
遠目からそれらを見る稲生は、違和感を持ったが、
アルバンが手招きをするので、ダークエルフの傍に向かった。
稲生が近づくと、蔑むような視線で
エルフに見られた。
稲生はその視線で新たなる境地に
目覚めるのではと心配した。
「はじめまして、わたしは、」
と続けようとした矢先にエルフが突然、
罵声を稲生に浴びせた。
「貴様、白昼堂々とどういったつもりで、
私を私姦していたんだ!この変態が」
突然の発言に気勢を挫かれた稲生は、黙ってしまった。
「ささっ、稲生様、お気が済みましたら、
この場を離れましょう」
とアルバンが助け舟を出した。
そこから、エルフとアルバンが交互に
稲生に話しかけていたが、一向に稲生は
返答をせずに俯いたままだった。
「まあ、良い。美しさも罪だ。
今回は大目にみてやるから、
さっさと、この場を離れるがよい」
とエルフが纏めた。
アルバンが軽く頷くと、稲生に
行きましょうと促した。
「ふっ、あなたほどの美人がそこに立っていて、
誰も足を止めない訳がありません。
何かしらの意識を別へ誘導するような
魔術か精霊の理を用いたのでしょう。
そしてなぜ、私とアルバンのみがあなたを
意識できたのでしょうか?」
稲生がエルフの瞳を離さずに言った。
先ほどまで、地面と見つめ合っていた人物とは
思えぬ豹変ぶりだった。
「そのようなことは分からぬ。
おまえほど他の人間は、暇人ではないのだろうよ」
とエルフが嘲笑した。
「物陰から、堂々と観察するつもりでしたか。
よほど、魔術の技量に自信があるのでしょう。
しかし、残念ながら、私には精神に類する
魔術や理は効きませんよ」
と稲生がエルフの発言を無視して、続けた。
「くっくっ、先ほどまで、地面と
お見合いしていたようだが?
随分とダメージがあったように見えたが?」
とエルフが嘲笑した。
「さて、困りましたね。
どうやら、まともに答えてくれないようですね。
あまり好みませんが、強引にでも
話してもらいましょうか」
と稲生がこの場で初めて、にやりとした。
日の当たらぬ場所だからであろうか、
日中だと言うのにひんやり冷たい空気が
二人に纏わりついていた。
「ちょっと、稲生様、冷静になってください。
こんなところで刃傷沙汰とか勘弁してくださいよ」
と二人の剣呑な雰囲気に割って入ったアルバンだった。
「ぎりぎり及第点だな。
観察力は中々だったが、
我欲に溺れがちな点があると。
英雄色を好むとはよく言ったものだな。
後は戦闘能力だが、後ほど手合わせするかな」
とダークエルフが一人で自己完結していた。
「あの、どういったことで?その感じですと、
キリア王朝の関係者ですよね?」
とアルバンが尋ねた。
「ああ、そうだよ。
獣を倒した英雄様がバルザースに
来るっていうんで、
どの程度のものか試してみたんだよ。
申し遅れたが、アデリナという。
バルザース帝国内での情報収集の任に就いている。
今からこの地のキリアの拠点に案内する。ついてこい」
と口調は相変わらずだが、先ほどのような
棘のある口調では無かった。
稲生とアルバンも改めて挨拶をし、
アデリナの後について、拠点に向かった。
見ていないようで見ている、それが稲生さん!