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機械虫の地平  作者: 登美川ステファニイ
第一章 碧眼の魔性
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第一話 白い依頼人

 その機械樹はバナナの樹だったが、今はたわわにカメムシを実らせている。九匹いる。甘い香りに誘われて、樹液を吸うために殺到し団子のようになっているのだ。どれも十五クリッド(45cm)くらいの大きさで、片づけるのは苦労しそうだ。

 ケチって虫除けを使わないからこうなるんだ。

 それで結局虫狩りに頼んで駆除することになって、手間と時間が余計にかかることになる。もっとも、俺の飯のタネだから願ったりかなったりなんだが。

 五ターフ(9m)の距離でスリングを引き絞る。帯電球。一発で仕留めないといけない。でないと、機械樹の方まで駄目にしてしまう。そうなったら金を払うのは俺だ。違約金なんて大嫌いだ。誰が考えた制度だよ。

 呼吸を止めて集中する。群れの中心を狙い、最も効果的な位置を狙う。こいつの……背中だ。下向きにとまってるこいつの背中に当てれば、みんな仲良く痺れてくれるはずだ。

 よく狙って――。

「ウルクス、もー早くやっちゃってよー! いつまで睨めっこしてんのさ! さっさと収穫しないと腐っちまうよ!」

 依頼人のアイディががなり立てる。うるせえな。手元が狂うだろうが。

「今撃とうとしてるんだから黙っててくれよ。ちゃんと狙ってんだから」

「狙うも何もすぐそこじゃないか! もっと前行って狙ったらどうなの? カメムシくらいで何を時間かけてんのよ? 依頼料吊り上げる気?」

「うるせえなあ、本当に。分かった、いいよ撃つから。ちょっと口閉じててくれ」

 そう言ってもアイディはギャーギャーうるさいが、無視してカメムシに集中する。

 まったく調子が狂う。カメムシだろうが機械虫は機械虫だ。舐めてかかると怪我をする。それに奴らは臭いガスを出すから、このくらい離れてないとしくじった時に危険なのだ。命にはかかわらないが、三日くらいはどこの店にも入れてもらえないくらい臭くなる。飯にありつけないという事だ。

 しくじる事はほぼありえないが、念には念を入れる。何せ人間は、機械虫に比べてずっと弱い存在なのだから。

 狙って、撃つ。カメムシに当たった帯電球が弾けて青い力場が広がり、周囲のカメムシに向かって細い雷を吐き出す。それに打たれて、カメムシは次々と機械樹から落ちていく。一匹、二匹……九匹。裏側のも含めて全部落ちた。みんな目を回して青い目を明滅させている。

 機械樹の根元にある樹の目も青色で明滅している。壊れたり死ぬと光は消えてしまうが、明滅してるからカメムシと一緒で目を回してるだけだ。直に戻る。

「ほら片付いた。これで文句ないだろ?」

「やっぱりすぐ終わるんじゃないか! 何分も時間かけて勿体つけんじゃないよ! タコン、さっさと収穫しな! まったくぼやぼやするんじゃないよ、どいつもこいつも!」

 時間をかけてカメムシを見ているのは、帯電が一番効果的な位置を探るためだ。しかしアイディに言っても理解はしてくれないだろう。

 息子のタコンが籠を抱えて機械樹に歩いていく。目が合う。

「お互い大変だな」

 タコンが苦笑いを浮かべる。

「まあね。でも助かったよ、ありがとう。これで店に卸す時間に間に合う」

 アイディは果物屋で、よくカメムシやアリの駆除を依頼される。タコンとも顔見知りだ。友人というほどではないが、お互いアイディに苦労させられているので心は通じ合っているような気がする。

 タコンがバナナを収穫する傍ら、俺はカメムシを森に捨てに行く。一輪車にひっくり返ったカメムシを載せて運ぶのだ。

 カメムシは目が青く明滅し、足も閉じずに開いている。これも体が痺れている証拠だ。帯電が切れてもぞもぞ動き出す前に、さっさと運ばなければならない。

「おいおい……四匹しか……乗らねえな。くそ、三往復だぜ」

 頑張ってみたがどうやっても四匹までしか乗らなかった。落ちそうになるのを片手で押さえながら、でこぼこ道をガタポコ進んでいく。人足を雇いたいくらいだ。

 森に入り、五十ターフ(90m)ほど行った所で、道の脇にカメムシを放る。ここまでくればバナナに戻ってくることはないだろう。それに戻ってきても、痺れが抜けるころには収穫が終わっているはずだ。

 三度運んで九匹のカメムシの山が出来た頃、カメムシの目の点滅が終わり始めた。足もぴくぴくしてる。そろそろ痺れが抜ける頃だ。

「来週にはマンゴーが熟れ頃だ。吸いに来いよ、また駆除してやるから」

 カメムシの背をトントンと叩く。アイディに聞かれたら折檻されるから、内緒にしといてくれよ。

「さて、帰るか。駆除するより運ぶ方が大変だったな……」

 仕事が終わったので、一輪車を引いて寄合に帰る。この一輪車は借りものなので返さなければならない。それに仕事の報告もしないと。無事成功、依頼人も大変喜んでおりました、とさ。


 アイディの果樹園から町に戻ると、目抜き通りで市が開かれていた。

 そうだ。二週間後に収穫祭があるから、今日から特別市が開かれるんだった。通常より出店手数料が安いこともあり、定期市より出店者が多いようだ。見慣れない顔と見慣れない商品もある。なんだありゃあ? トンボの頭じゃねえか。珍しい。

 歩きながら横目に見る。トンボの頭が棒の先に引っかけて立ててある。目がキラキラしている。角度によって色が少し変わってきれいだ。装身具やガラス細工に使われる結構高価な品物だが、トンボを捕まえるのは難しい。死骸からもぎ取るのが一般的だが、こいつは状態がいいから生きてる間に捕まえたのかもしれない。

 店主は愛想笑いを浮かべながら虫のパーツを磨いていた。年は五十くらいだろうか。手を見ても自分で狩りをしているって感じじゃなさそうだ。

「よお、このトンボどうしたんだい? 上物じゃねえか」

「おっ、兄さんよくわかってるね」

 店主は立ち上がって喋り始めた。

「こいつの複眼の数は五百十二。そいつが一つも欠けずに揃ってんだ。このままでも見栄えがするし、たっぷり加工にも使える。どうだい、あんた。女性に贈ればころっといっちまうぜ?」

「あんたが獲ったのか? トンボなんて中々捕まらないだろう?」

「いやそれがあんた……」

 店主がちょいちょいと手ぐすねを引く。何かと思って近づくと、大して小さくない声で耳打ちしてきた。

「道中で変な二人組がいてね、そいつらを乗せて一緒に来たんだよ。変な重い木箱を持っててさ。奇妙な連中で……随分肌が白いし、髪の毛は金色で目が青いんだよ。多分外国のやつだな。変なのと関わりたくはねえが、色々くれるっていうんでよ。乗せてやったのさ」

「で、このトンボの頭が代金か?」

「そうさ! このトンボだけじゃない。ゾウムシのコアタンクにスズメバチの針! いや、人助けはするもんだね」

「へえ、そいつは豪気だな。よっぽど腕のいい虫狩りだったのかね」

「さあね? 何しろなまっちろい手をしてたから、どっかの御大臣さんかもな。そんなことよりどうだい、トンボ! 一銀セドニで安くしとくよ!」

 一銀セドニあれば半月は働かなくて済む。今日の稼ぎ、一銀クォータの八日分だ。トンボの頭は武器にもならないし、俺には縁のない代物だ。

「トンボはいいよ。それよりこっちの球をくれよ。三つ」

「球? いいよいいよ! 三つね……ええい、まとめて一銅トーバだ! 持ってけ!」

「一銅トーバね。……ほらよ」

「毎度あり! サラーホスの加護を!」

 買うつもりはなかったが、話を聞いたのでその代金だ。機械虫の体内にある球は油や色んな液体が入っているもので、取り外せば密閉できる容器として使える。それにスリングの球にもなる。足りないわけではないが、そのうち使うし、あって困るものでもない。

 しかしサラーホスとはね。そいつは商売の神様だ。虫狩りに言うんなら、狩りの神ケーリオスだ。人助けはいいが、商売が下手なんじゃないか、あのおっさん。

「白い肌の二人組ね……外国人か?」

 肌の赤っぽい奴や黒い奴はたまに見るが、白は見たことも聞いたこともない。昔話に神の使いとして出てきた気がするが、本当にいたのか? まあ、俺には関係ないが。

 一輪車を後ろに引いて人ごみを歩き、ようやく寄合所についた。ギンガマス虫狩り寄合所。俺が所属する寄合だ。カルトゥ市には全部で三つ虫狩りの寄合があるが、登録人数で言うとギンガマスが一番多い。質は……どうだか知らんが。

「おーい、タルカスさん! 一輪車置いとくよ!」

 隣に併設された駐機所に声をかける。

「あーい」

 タルカスじいさんの声が帰ってきたので、一輪車を駐機所の隅に立てかけておく。奥にはオサムシのペギーとマギーがいる。目の青い光がかなり弱く、どうも寝ているようだ。虫車用にうちで飼ってる虫だが、こいつらの世話がタルカスじいさんの主な仕事だ。たまに一緒に寝てるのを見かける。

「混む前に飯でも食いに行くかな。特別市だし、なんか珍しいものが食えるぞ」

 軽く体の砂埃をはらう。かすかにカメムシ臭い気もするが、まあ誰も気にしないだろう。

 ドアを開けて入ると受付でノーマンが寝ていた。背もたれに体を預け、天井を仰いで口を開けてる。ンゴゴ、と寝息まで聞こえる。駄目だこりゃ。親方に見つかったら平べったくなるまで殴られるぞ。

「起きろ馬鹿」

「んがっ!」

 机を蹴っ飛ばすとノーマンが目覚めた。

「はっ……ええと、ギンガマス寄合所に何か御用で?」

「御用じゃねえよ、俺だよノーマン。依頼が終わって帰ってきたんだよ。修了印、押しとけ」

「ああ、ウルクスか。驚いた。親方だったら鼻が引っ込むまで殴られるところだ。最近なんだかすっかりめっきり疲れがたまっててね。心労かな? 何しろ僕は繊細だから。面目ない。ええと……なんの依頼だっけ? オサムシの背中磨き?」

「違うよ。カメムシの駆除。アイディの果樹園だよ」

「ああ、これね。はいはい。機械樹は傷つけなかった? アイディさんは滅法うるさいから」

「ああ。帯電球一発、見事なもんさ」

「はいはい。じゃあこれ、修了と……はい」

「じゃ、俺はこれで帰るぜ」

「はいお疲れ……あっ、違う! 待ってウルクス」

「あぁ? 何だ」

 帰ろうと踵を返したところで、ノーマンが素っ頓狂な声を上げた。

「何かの依頼か? 明日でいいだろ? 今日は特別市なんだから食って飲んで寝るのが一番だぜ」

「うん、僕もそのつもり。そうじゃない。急な依頼なんだよ。今すぐにでもカドホックにまで行きたいって」

「カドホック? 今から? 泊りになるぜ。やだよ、そんな依頼」

 カドホックといえばカルサーク山脈の方だが、ざっと東に五十タルターフ(90km)はある。歩きなら三日、虫車でも……今日中には着けても帰るのは無理だろう。今日は新月に近いし、暗くって余計危ない。

「人がいなくってさ。随分困ってるから追い返すわけにもいかないし……それに金は持ってるっていうんだよ。金っていうか虫のパーツを」

「現金払いだろ? ネジだの球だのもらってもしょうがないぜ」

「それがビートルの角なんだよ。あとタマムシの甲羅。びっくりしたよ、あんなの」

「ビートルの角ぉ? 本当かよ」

 ビートルの角と言えば虫のパーツの中でも最高級品だ。主に金持ちの見栄を張る道具として使われるが、同じ重さの金セドニ硬貨と交換されるってくらい価値がある。確かにそれなら、金の代わりになる。タマムシもそうだ。最高級の貴金属材料だ。

 そんな貴重な虫のパーツを持っているとは、一体どういうやつなんだ?

「……ノーマン、ひょっとしてその依頼人は二人組か?」

「え? そうだよ」

「肌が白くて目が青い?」

「うん、そうだよ。何で分かるの? もしかして知り合い?」

「知り合いじゃないが……知ってる」

 さっきのおっさんが言ってた二人らしい。よりにもよってうちに来るとはな。こいつはなんだか、嫌な予感がするぜ。

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