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幽栖の海城  作者: あずま
3/3

03. 邂逅

-30分前 「アラハバキ」戦闘発令所-


「ドラゴンが…滑走路に」


わざわざ状況を読み上げられなくとも、中央塔のカメラはその様をしっかりと捉えている。近代的な滑走路の上に我々にとっての空想上の竜が佇むその状況は、極めて異様な光景を産み出している。


「お…降りてくる様子は?」


「い、今のところありません」


普段は異様な冷静沈着さが印象的な女性オペレーターすらもその声を震わせる。「アラハバキ」のポンツーンに備わった対潜ソナーが露軍のSSBNを察知した時ですらこうはいかなかった。それが、普段の「現実」と今の「非現実」の差を如実に表していた。


露軍であれ、中国軍であれ、災害であれ、それに対する訓練は気が狂うほど反芻した。それは慢心すらをも生み出していたかもしれない。一切、想定どころか空想もしていないことが突然前に現れたとて、それに問題なく対処出来る者はこの施設に果たして存在するのだろうか。


「アンノウン、ド、ドラゴンの上に跨ったままです」


今まで一貫して訓練に従い、飛翔体を「アンノウン」と称していたオペレーターが初めて「ドラゴン」の名を口にし、声を上ずらせた。それは非常事態の中で日常の「現実」を思い出し、心を落ち着かせるための彼なりのこの異常な状況に対する対処術だったのかもしれない。


上に股がった甲冑男と、ドラゴンのどちらをアンノウンと呼称するのか一考した上、甲冑男のコールサインをアンノウンと指定した。片方の名は既に某軍に存在する兵器の愛称であることを鑑みた上での、苦肉の解答であろうか。


「甲冑…アンノウンは何を?」


そんな彼に少し配慮して、彼のコールサイン指定に乗っかる。


「画像、拡大します」


中央塔のカメラが拡大されるが、画素が足りずお世辞にも見やすいとは言えない。そもそも、このカメラは外の見えないセクター内部で勤務する人間による、港湾の監視や天候の大まかな把握に使われるものだ。細部まで観察するなどという器用な機能は想定にない。


「見えねえ。航空セクターの管制塔に空港監視カメラあったろ。繋いでくれよ」


「は、はっ」


オペレーターがコンソールを叩く。


「管制塔は。まだ機能を回復してはいないか」


「いえ、救護班は既に巡回済みですので恐らく…」


そこまで言ったところで、内線の直通電話に航空セクターからの着信が掛かった。発信元は管制塔。丁度いい。


「うち、う、うちの滑走路に、妙なトカゲが」


「既にこっちは状況を把握している。対象に敵対の意図ありか」


メインディスプレイがリクエストされたカメラに切り替わると、滑走路の上で3匹の黒いドラゴンが羽を休めているのがはっきりと表示される。遅らく今までで最も鮮明な画像であろう。一部からは、おお、という声が上がる。中にはいい加減この状況に慣れてきた者もいるようだ。あるいは、混沌した現実に開き直っているだけかもしれない。


徐々に画像が拡大されていく。


「いやぁ…敵対。とても敵対…しているって感じではないですかね」


カメラが最大倍率にズームする。そこに映し出されたのは、腰をかがめながら当たりを見渡す一人のアンノウン。そして、その後ろで掲げた白旗にしがみつきながら体を面白いほどに震わす二人のアンノウンの姿であった。


「…」


先程までは極限の緊張状態に置かれていた発令所の空気が一気に緩まる。


「…なんというか…なんとも。彼らも私たちと似たような心境なのではないか」


「…とても、侵略って感じじゃねえな」


拍子抜けだった。やはり使者か。いや使者にしても頼りなさすぎるのではないか。


「いや、どうか。罠かもれない。しばらく様子を伺うべきだろう」


「伺うだけか?…その、いずれあるだろ。ファーストコンタクト。それはどうすんだ」


そうか。彼らの動向を見るに、いずれ放っておいたら飛び去るだろう。だが仮に彼らの状況が、庭先に突如現れた異様な海城に対して接触を図る、と言ったものだった場合。そして現在の我々の立場が、不本意とは言えど、よその国の領海に城ごと勝手に入り込んだ侵犯者であった場合。ここで接触できなければ、彼らの「本国」はどういう行動を取るだろうか。


排除行動。当然だろう。自分の身を守る為だ。嫌な汗がする。


彼らにはできる限り疑い掛かっていたが、これほどの状況証拠が揃うのであれば、そろそろ彼らが平和的な使者であるとも解釈してもいいのではないか。


「接触…しなければ。ここで。我々に戦闘の意図はないと伝えなければならない」


衝撃的な提案であったはずだが、予想より驚きの声が上がることは無い。みな、何となく同じことを考えていたのだろうか。


「どうするんだ。手ぶらで行くんじゃないだろうな」


策もなしに接触する訳には行かない。彼らはなんだ。未知の…異星人?異世界人?

そんな存在とどうやってコンタクトを取ればいいのだろう。ここで初めて、自らが発した言葉を後悔する。


「言語学者…とかは居ないか」


「いねえだろ。作業員と自衛隊員ぐらいだろうな。環境保護セクターに行きゃあ、環境学者ぐらいはいるだろうけどな」


基地の書庫かデーターベースを漁れば言語学に関する記述はあるだろうか。しかし、そんな時間はないだろう。大半の職員が倒れ伏しているこの状況では人海戦術も難しい。


「やはり、誰か代表を送るしか…」


「発令所からか?ここ以外には現況を把握出来てる人間は居ないんだぜ」


そうか。確かに、必然的にそうなる。そして、この場にいる「代表」にあたる人物とは…


「私…か?」


「…俺が行ってもいいんだけどよ」


難波は確かにこの場では階級は高い方だろう。自分が行って、指揮系統に混乱が起きても困る。だが…


「…『アラハバキ』の最高指揮官とはまだ連絡が取れないのか?」


「先程救護班から連絡が。東間海将であれば医務室で意識を戻されたようです。ですが動くのは難しいと…」


「そうか。では…私が行こう」


「マジかよ。いや止めはしないけどよ。いいのか?」


ここでは海自の者が行った方が都合がいい。何かあっても難波が指揮を引き継げるだろう。


「この場を頼めるか?」


「ああ、まあ。任せろ」


何人か志願者を募る。発令所には、小銃を抱えた海自所属の警備隊員が何人か駐留している。声を掛けずとも、視線を向ければ何人かが歩いてきた。


「私も行きます」


「は、はっ。僕も行かせていただきます」


2人の隊員が名乗りをあげる。彼らはいわゆる陸警隊だ。戦闘のプロが居るのならば心強いというものだ。と言っても、足の震えは隠すことが出来ない。大の大人がなんとも恥ずかしい。だが、命の危機が迫ろうというこの状況、いや、それどころか基地の命運と大勢の職員の命を背負っているこの状況では、いやがおうにも抑えられない。


「大丈夫ですか?」


通路を進む途中、2人の隊員のうち物腰の柔らかそうな中年の隊員に声を掛けられる。


「松井です。身辺を警護させていただきます」


「あ、ああ。頼みます。そちらは?」


若い方に声をかける。さすが戦闘のプロと言ったところか、私より年下であるにも関わらず、体に震えは見られない。しかしそんな彼でも緊張からか表情を固くし、顔にはいくばくかの汗が見られる。


「あっ、は、はい。高遠です。よろしくお願いします」


3人と共に甲板上へ出る。床には一面のゴミと海藻。足を滑らせないよう、駐車場まで慎重に進む。やはり、暴風雨によって所々に損傷が見られる。しかし、その中に致命的なものは一つも無いようだ。ここからは例の陸地やドラゴンは見えないが、遠くに見える巨大な航空セクターには今なおあのドラゴンが佇んでいることだろう。


「彼らの様子は」


通信機に声をかける。先程まで懸念していたジャミングなどの影響はなく、問題なく繋がるようであった。


「いや、相変わらず白旗上げて震えてるぜ」


まるで今の私のようだ。それほど警戒しているというのであれば、やはり接触するならば少人数がベターであろう。上層に上がり、海自の高機動車が止まっている駐車場に着く。そこからは、あの陸地が見えた。


「あれか…」


南国だ。改めて認識する。北日本などでは間違っても感じられない雰囲気。上層に出て気づいたが、空はとても青く透き通り、南の空には巨大な入道雲が立ち上っている。とてもこの季節の過酷な日本海で見られるような空ではない。


「沖縄のようですね。3月だとは思えない」


松井が呟くように言う。至って冷静な口調ではあったが、顔を見れば肌に汗を浮かべていた。それは気温に見合わない厚手のBDUを着込んでいただけだからでは無いだろう。


高機動車に乗り込む。たった3人だが、それは向こうも同じだ。彼らは見た限りでは目立った武装を携帯していない。護身用のナイフぐらいは所持しているだろうが、仮に戦闘に発展したとて小銃を抱えた男が2人も居るこちらの敵ではないだろう。問題はあのドラゴンだ。あの時に見た映像。あれは間違いなく口から炎を放つドラゴンの姿であった。


(小銃は効くのか?いや、そもそも死ぬのか?)


一抹、いやそれどころではない不安。もっと多くの警護をつけた方が良かっただろうか。


松井の運転で航空セクターに向かう。連絡橋を渡る途中、いよいよあのドラゴンが見える。それはまだ点のようであったが、それでも全身に鳥肌が立つ。自分の目で見ない限り、まだそれはただのフェイクなのではないかと、どこかで期待していたのかもしれない。


「ドラゴン…ドラゴンだ…」


高遠が声を震わせる。段々と近づき、そのシルエットが鮮明なものとなっていく。


「対象に接近します。注意してください」


航空セクターに入った。脇に見える管制塔の中では、管制官たちが緊張の面持ちでこちらの様子を伺っているのが見える。松井が速度を緩めた。ゆっくり、ゆっくりと近づいていく。


「!」


車内に静かな衝撃が走る。3匹のドラゴンたちがこちらに顔を向けた。音に気がついたか。


「もうちょっと、もうちょっとゆっくり…」


「え、ええ…」


警戒させないようさらに速度を落とし、徐々に近づいていく。ドラゴンたちは目を見開いているように見える。しかし、敵対行動は見られないようだ。いつその巨大な口がパカリと開いて火炎玉が飛んでくるかと戦々恐々としていたが、恐れていた結果にはならなかった。


ここまで来ると、背中の上に乗った彼らの姿まではっきりと見える。隊長格らしい壮年の男と、その後ろで白旗を掲げる若者たち。みな、一様にこちらを見て唖然としている。私たちの反応と大差ないではないか。


「近い…」


すぐそこに居る。現実にいるはずの無い巨大なドラゴンと、甲冑を着込んだ異様な者たち。


「て、停車…」


松井も声を震わせる。当然だ。このトカゲどもが飛びかかってこない保証はない。飼い犬ですら突然の出来事に直面すれば飼い主の手を離れてしまうことだってあるだろう。彼らは本当に、意志を持った戦車とも言えるようなこいつらを制御できているのだろうか。まさか、異世界の敵やもしれぬ謎の存在をいやがおうにも信頼せねばならないような状況に置かれるとは思わなかった。


ゆっくりと、ドラゴンから少し離れた地点に停車する。


キキッ…


先程まで車内を満たしていたエンジン音が弱まる。現実世界と自分を繋ぐ最後の接点が切られたような感覚を覚えた。


「降車します…可能ですか?」


「え、ええ。降りましょうか…」


ドラゴンや甲冑男たちは変わらず唖然としている。ゆっくりとドアに手をかける。敵意がないことを伝えるために、車内から片手は掲げたままだ。そっと、航空セクターの飛行甲板に足を下ろす。


怖い。この距離では、ドラゴンの巨大な歯の隙間から漏れ出す吐息が体にかかる。とても熱い。暖気中の大型トラックの後方に立っているような感覚を覚えた。松井も横で降りたのを感じる。私はあまりの緊張に前から顔をそらすことが出来ない。だが、その目線は反対に、目の前にいるそれを見ることができずにいた。


「あ…」


「Huh…」


な、何を話せば良いのだ?英語?日本語?…もう、なんでもいい。


「あのう…望月です。」


「…?」


明らかに伝わっていない。それはそうだ。ファーストコンタクトの第一声がこれでいいのか。私が口をつぐんで頭をどうにか動かそうとしていると、隊長格らしき男が口を開いた。


「H…Hello… Nice to meet you」


「…??」


…英語?今英語を話さなかったか?自分の耳か頭がおかしくなったのだろうか。助けを求めるように松井の方を見る。彼も同じことを思ったようで、自らの困惑を表情で最大限に表現していた。


なんだこれは。表情を見るに、相手の彼らも似通ったことを考えていたに違いない。この場にいるものはみな、一様にひとつの感情を浮かべていた。困惑であった。


***


東洋…大陸東部の地域で見られる顔立ち。異世界の人類だと言うから、オークやゴブリンのような顔をした人間を思い浮かべていたのにも関わらず、眼前に立ち尽くす男は明らかに東洋人であった。一気に拍子抜けしたが、その口から発せられた言葉は一切覚えのない言語であった。


(何を言ったんだ…?)


僕が行動を決めかね困惑していると、編隊長が口を開いた。


「こんにちは…初めまして」


大陸共通語だ。通じるのか。通じなかったらどうすればいいのだろう。王都から学者様でも引っ張り出してきた方が良かったのではないか?尚更、僕のような学のない一兵卒が選ばれたことに困惑する。


だが、僕の心配とは裏腹に、東洋人の男は表情を変えた。それは、決してマイナスな印象を抱かせるような表情ではなかったものの、プラスでもない。…そう、困惑。僕たちと同じじゃないか…。なんなんだ一体。


やはり理解出来なかったのか?当然だ。異世界なのだから、こちらの言葉が伝わるわけが─。


「こんにちは…ええと、分かりますか?」


「!?」


大陸共通語だ!はっきりと聞いた。何が飛び出してくるやもしれぬ男の口からは、予想とは裏腹によく聞きなれた言語が滑り出してきた。異世界人ではなかったのか?あるいはなにかの魔法か。リアルタイムの翻訳魔法など聞いたことがないのだが、これも英雄がなせる技なのだろうか。


しかし、まさかこんな簡単にコミュニケーションが取れようとは。少しだけ拍子抜けであった。だが、それでも僕の緊張はほぐれない。異世界人と言葉を交わすなどもってのほかだ。だが、こういう時に編隊長は心強い。すぐに気持ちを切り替えたのだろう、次の言葉を紡ぐべく口を開く。


「…ええ、ええ。理解できます。私はサワイキ王国軍のコンベート港警備隊、竜騎兵団です。そして、我々には戦闘の意思はありません。理解できますか?」


ゆっくりと発せられる大陸共通語。ここで意志の齟齬などが生まれてはたまらない。異世界の男たちは顔を見合わせる。伝わったのだろうか…。

無限とも思える時間の後、先頭の男が再び口を開いた。


「さわ、いき?キングダム、サワイキの軍?」


片言だ。でも、伝わっている。


「そうです」


「…我々は、自衛隊。日本国自衛隊です」


ニホン。それがかの「英雄」の住まう国の名なのであろうか。そしてその言葉の前後に発せられた言葉。セルフ・ディフェンス・フォース。防衛隊か。軍ではない?どう言った意味合いなのであろうか。いずれにせよ、これで「英雄」が単一の存在ではなく、噂話の通りに軍勢ごとこの世界にやってきたことが確定した。そして…。


「そして…我々に、戦闘の意思はありません」


何よりも待ち望んでいた言葉だった。「英雄」は戦闘は望んでいない!我々と同じだ。しばしその言葉を噛み締めてから、心の中で狂喜する。まだ生還できることがはっきりした訳では無いが、少なくとも話すら聞いて貰えず切り捨てられることは回避出来たと言えるだろう。


隊長が再び話し始める。


「あなた方は…あなた方は、『英雄』なのですね?」


そうだ。彼らは英雄だ。そうなのだろう。だが…。


「…???」


その言葉に対する答えとして帰ってきたのは、今日一番の困惑顔であった。

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