43 ある領主の話 2
亡くなった妻の義父からの手紙は、夕食の招待だった。今日会った薬師の女の子のことだろうか?すぐに部屋に戻り身支度して、馬車で領主館別館を訪問した。20年ぶりの再会だった。
アイザック領領主別館で、白髪交じりのクロフィード様と奥様が迎えてくれた。一通りの挨拶後、夕食を戴きその後人払いをした。
「ノルダイン様、どうしてここに来たの?ララの店に何しに行ったの?」
問い詰めるような泣きそうな声で大奥様が声を発した。クロフィード様は、妻に向かって優しくも諭すように、両手を握りしめ下を向く妻の肩を抱き、廊下のメイドに声を掛け部屋から退出させた。
「君は、穏やかには話せないだろうから、向こうの部屋で休んでいなさい
申し訳ないね。妻は娘を失ってから気持ちが、塞ぎ込んで心が不安定なんだ。最近やっと笑顔を見せることが増えたんだ。君は悪くないが許してくれ。マリアンヌに似ているあの子を君が、攫って行くのではと不安になっているんだ。何も関係ない君が、あの子を連れ去ることはないのに」
クロフィード様は、妻の去っていったドアを見つめた。
「王都で学生のララに出会えた。妻は夢中になった。マリアンヌの死に目にも会えず、葬式にも出ていない。頭ではわかっていても、死んだと思えないんだ。ましてあんなに似ていたら娘が生きている。自分の所に来てくれたと思いこむようになった。仕方ないんだ。
先日娘に付き添って辺境にいったメイドが、戻ってきて話を聞いた。娘に子供が出来ていたとは、知らなかったんだ。だから余計に孫のように可愛くて仕方がない。私も同じなんだ。君も調べるだろうから話しておこう。ララは、確かにスノウの新緑の森の中で拾われた子供だ。拾われた時から病弱だった。養親が、素晴らしい薬師で彼女を治した。何度も死にそうになったと言っていた。
そのせいで体が小さい、あれでもうすぐ19歳だ。薬師1級を持っていて、冒険者ギルドに薬を下ろしている。街に小さな雑貨屋を営んでいる。なかなかの良い品を自作している。可愛い素晴らしい子だ。私たちが傍にいる。このままほうっておいてくれないか」
まっすぐ鋭い視線。
「いえ、連れ去ろうなど思っていません。マリアンヌに似ていると聞いて来てしまったのです。ただ会ってみたいと思ってしまったのです」
「君には新しい家庭がある。領主としての責任もある。今更波を立ててどうなる。娘の死が、事故にしろ殺人にしろ、今はもうどうでもいい。妻の穏やかな顔が、見れるならこのままでいい」
クロフィード様の切ない顔を見たら、何も言えなかった。別れの挨拶をして宿に戻った。頭の中に「事故でも殺人でも」の言葉が廻った。ララがマリアンヌの娘ではないとしても気になってしまう。
私が魔物討伐を終えて帰還した事件の日。死んでいるマリアンヌを見て呆然とした 妻を切りつけた者に怒りが向かった。盗賊を捉えようと、その足で出かけた。闇雲に探し見つけた時、怒りのままに犯人を殺した。血に濡れた体で帰宅した。
自分は、横たわるマリアンヌの横で意識を失った。父が葬儀を執り行った。自分の妻さえ守れない己の非力に、打ちのめされ、立ち直ることができなかった。それでも時は過ぎていく、魔物は休んでくれない。隣国との小競り合いもあった。
領主としての内政を父に頼み、私は戦いに明け暮れた日々を送った。1年が過ぎた頃、父が倒れた。自分の我儘に父を巻き込んだ。領主に戻り、同じスノウの貴族の娘と結婚した。亡き妻の事を振り返ることを止めた。ただ前だけ見て歩いていこうと決めた。
スノウに帰ろう。本当は何があったのか、今なら冷静に調べられる。19年昔のことだが、焦る思いを胸に翌朝早く宿を立った。王都の宿を早朝に出て馬で早掛けした。走り抜ける景色に何も感じることない。5日目には、スノウ領に着いた。王都は初夏だがスノウは、やっと春の訪れが来たところだ。
皆に気取られぬよう帰還の挨拶をして、不在時の報告を受けた。その後執務室に入り内鍵を閉めた。父の残した領主記録と私的な記録を読み直す。公的記録には、特に何も書かれていない。あれば引継ぎしたとき気がついたはずだ。
父個人の手帳は、父の個人的な記録なので読んだことはなかった。古ぼけた手帳には、私的なことが書き留められていた。魔物討伐の記録だったり街の様子。妻への土産、子供の事、美味しかった店、父にしか分からない記録だった。
最後の方に自分への思いが書かれていた。マリアンヌは可愛い嫁だと、息子を褒めてやろう。女の子が生まれたこと。可愛いいと書いてあった。最後のページにマリアンヌの死の真相が書かれていた。
当時勤めていた護衛騎士が、女に騙され盗賊を手引きした。妻と娘を殺す目的だった。その後ろに父の弟が関わっていた。
子供ができなかった私達は養子を迎えても良いと話はしていた。マリアンヌは、若いので具体的な話は出ていなかった。叔父は自分の孫を養子にしたいと考えていたらしい。そんな時、マリアンヌは妊娠した。出産まで不安で極身近な者にしか伝えてなかった。叔父は生まれてから知った。計画が狂ったと叔父は慌てて凶行に走った。
叔父は小さい頃から頭が良かったが体が弱かった。兄である父は、反対に武骨で言葉少ない寡黙な人だった。考えるよりは体を動かす性質だった。父は領主は弟の方が向いていると思っていた。実際に領主になったのは父だった。
父は体はたくましく辺境を守るだけの力と人望があった。叔父は辺境を守るための人力が無かった。叔父は領主になれなければ、孫を領主にしたい。孫の摂政になろうと考えた。
マリアンヌの死後、堅牢な領主館に簡単に賊が押し入り、部屋にいた嫁と孫を殺したことに父は疑問を感じた。裏があるのではと捜査を始めた。この事件の経過を知った。身内のむごい仕打ちだった。横領も見つかった。叔父は街に女を囲っていた。
その女を使って領主館の護衛騎士を利用し賊の引き込みをさせた。利用した女も、騎士も、関係者は殺害していた。女の家にはこの計画のあらましや叔父からの手紙が床下に隠してあった。女は利用されていることは分かっていたようだ。
領民の不安感を落ち着かせるたため、叔父を信頼して慕っていた息子が、これ以上傷つかないために、弟の謀反を表ざたにはできなかった。弟は病死扱い。家族には事のあらましを話した。金を渡しスノウを離れた。弟の嫁は浮気を知っていた。穏やかそうな弟は、家では暴君だった。死んでも悲しむ者はいない。スノウを離れることを喜んでいた。
父は息子の可愛い嫁と孫を奪った者を許せなかった。しかし、妻と子を失って生きる気力を失っている息子に事実を伝えることが出来なかった。このことは、父と執事しか知らないことだと書かれていた。ノックの音がして老齢の執事の声がした。鍵を開けると珍しく一人で執務室に入ってきた。
「坊ちゃま。マリアンヌ様の事件の事を知りましたか?先代は自分の弟のしでかしたことに打ちのめされていました。それでも坊ちゃんが、立ち直るまではと無理をされていました。実は先代は、奥様をなくされたあと、体を壊していたのです。早めに家督を譲ったのは、体調が思わしくなかったからです。
辺境は、強くなければ民も国さえも失うのです。先代が死ぬ前、私めにあなた様を守れと命じたのです。事件の真相を知っても、領主であれと導いてほしいと。やっと最後の仕事が終わりました。あなた様は立派な領主になりました。安心して仕事を辞すことができます」
言って高齢の執事は、部屋を出ていった。
興奮して帰還したことが、嘘のように心は冷えていた。父の苦悩が自分の胸に広がる。優しかった頭の良い叔父の知らなかった心の闇。愛しいマリアンヌは今はもういない。全て終わったことだ。自分は留まることはできない。
こんな自分を愛してくれる妻と子供達の成長を見守らねばならない。辺境の民を守らなねばならない。あの子は、幸せそうだった。アイザックの義両親に大切にされている。それだけで十分だ。
数日後、妻と子供たちが王都から帰ってきた。家の中は一気に賑わった。ララのところの商品を渡す。妻は大喜びだった。娘まで喜んでいた。今を大切にしようと思った。
アイザックの元領主にお招きの御礼の手紙を書いた。一緒に頂いた春の香りのポプリをマリアンヌの墓に添えたこと、年に1度だけ王都の帰りに店に寄ろうと決めた。
フイアおばあさまが、久しぶりにお店に顔を見せてくくれた。
「ララちゃん、この間スノウから来た旅の人が居たでしょう。その人ね。私の古い知り合いだった。この店の商品はとても良いと褒めていたわよ」
あの時の人だとわかった。
同郷なのでちょっと懐かしい感じがした。フイアおばあさまはその後 リゼルさんと、ジュモーとモッジと、女神の少女と、私と、お茶していった。帰りにフルーツと木の実の沢山入ったケーキをお土産に渡した。スノウ領と聞いて懐かしくなった。今年は帰ろうかな…でも遠いな。
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