42 ある領主の話 1
フランク国、北の辺境ノウス領主ノルダインは、年に一度だけ領主会議に出席するために久々に王都にやってきていた。毎年、社交に少しだけ参加して帰っていた。隣国との境であり新緑の森の魔物を討伐しているので、そうそう領地を留守にはできない。
今回は妻と子供達も一緒に来ている。王都の宿に泊まり2週間ほど過ごす予定だ。他の領主の中には王都に別邸を持っている者も多い。一年に数日しか使わぬ別邸は、金がかかる。妻は王都暮らしをしたいと言っているが、そんな無駄な金を使うつもりはない。子供たちは必要なら進学先の寮に入ればよい。辺境を預かるとは、爵位も高いが責任も重いそれが辺境の領主なのだ。
多少我儘なとこはあるが、妻は良くやってくれている。既婚歴のある俺に嫁いでくれたのだから。久々の王都だ楽しめれば良い。新緑のドレスは彼女によく似合っていた。
「旦那様、アイザックの奥様がとても髪がきれいなの、お話聞いたら街の店で髪専用の石鹸が売ってるんですって。明日、お茶会に誘われたの。詳しいこと聞いてこようと思うの、お茶会に行ってもいいかしら?」
上目遣いに見つめられると俺は妻に弱い。
「君の学院時代の友達だろう。いいよ、行っておいで。王都に来た時しか会えないからね」
「子ども達も連れて行くわ。あなたもゆっくりしてください」
楽しそうな妻の顔に安心した。供の者と王都散策でもしようか。
翌日お茶会から帰った妻は楽しそうに話してくれた。
「聞いて、髪の洗剤は薬師が作っているんですって。メリー、私の学院の時の友達で今はアイザックの領主夫人。そのメリーのお義母様が王都の学園から薬師を連れてきたんですって。メリーは、義母の贈り物で使ってみたらとても良くって、今は手放せないって言っていたわ。お店には他にも色々あるらしいの、行ってみたいけど無理よね」
「そうなのか もし良かったら取り寄せでもするか?」
「それしかないわね そうそうその薬師、スノウ領の出身なんだって。うちの領に欲しかったわね。薬師としての腕もいいらしいわ」
「縁が無かったんだ。メリーさんに送ってもらえばよいだろう」
「そうね仕方ないわね。そうそうその薬師。 義母にそっくりだって。別邸にお邪魔したときちらっと見たそうなの。孫みたいに可愛がっていたらしいの」
その話から今は亡きマリアンヌのことを思い出した。彼女を失って20年。あの日のことは忘れない。妻と生まれたばかりの子供に会うのを楽しみに長引いた魔物討伐を終わらせ帰還した。盗賊に侵入され妻と子供が襲われ死んだ。
王都の社交場で出会って、お互い一目ぼれして辺境まで来てくれたマリアンヌ。なかなか子供ができなかった。それでも私達は幸せだった。子が出来なければ養子を迎えてもいいと話していた。しばらくして、マリアンヌは妊娠した。私も妻もそして父も喜び生まれてくるのを楽しみにしていた。ところが出産が近づいた頃に、魔物の反乱がおきた。
「私は大丈夫よ、義父様もいますから」
私の背中を押してくれた。大規模な討伐隊を組み出立した。後ろ髪惹かれながら。長期の討伐を終え、はやる思いを抑え疲れた皆とともに帰還した。目にしたのは物言わぬマリアンヌの体だった。
盗賊は見つけたが抵抗激しく戦いの中で死んだ。討伐の疲れと妻を失った心労で、俺自身倒れてた。なかなか立ち直れずその間年老いた父が領主代行をしてくれてた。3年後突然父が亡くなり、領主の仕事に戻る。今の妻を娶った。優しい明るい娘だった。よい領主の妻になると思えた。
若かりし頃の熱い思いはマリアンヌとともに死んだ。家族として領主として今の妻を愛している。いつまでもとどまってはいられない。今は亡き父に感謝している。心の整理の時間を作ってくれたことに感謝している。
アイザックの領主はマリアンヌの年の離れた弟。マリアンヌが亡くなって、しばらくして結婚した。最近代替えして領主になったはず。再婚してからは義両親と連絡は取っていない。辺境は遠い。マリアンヌの両親は、墓参りに来ることもできなかった。領主として1か月以上留守にはできないからだ。義母はマリアンヌの死の知らせで倒れ、そのまま臥せってしまったと聞いた。
今の妻はマリアンヌのことは詳しくは知らない。肖像画などは父が全て片づけてしまった。いつまでもくよくよする自分に隠すように。マリアンヌと大奥様はよく似ていた。双子のようねと言われ義母は笑っていたがマリアンヌは「私のほうが若いです!」とすねていた。会ってみようか。マリアンヌに似た薬師に。
軽い気持ちで妻たちより先に、領地に帰るついでにアイザックに立ち寄った。森の穢れのことも話に聞いていたので情報を集めたい。冒険者ギルドを訪ねた。そこでベテランの受付嬢と楽しげに話している、マリアンヌに出会った。彼女は薬を売ったお金を受け取ると、奥の素材買取へ入っていった。追いかけたかったが、ギルド長との面談が取れたのでそのまま2階に上がっていった。
森のことは冒険者が原因であった。教会対応で戯れは払われたことがわかった。早々に挨拶して1階に降り、先程の受付嬢に声をかけた。
「先程話してた薬師さんのお店教えてもらえないだろうか? 妻に髪ツヤツヤのを頼まれたんで」
口からすらすらと言い訳の言葉が出た。
「ここを出た通りを左に行った、一本奥の通り、少し行ったらララの店、大樹に埋まったような店だからすぐわかるわ、でも開店は午後1時から、5時まで、明日は休みです」
旅の途中と分かっているのか明日の休みを教えてくれる、気が利く受付嬢だ。お昼を供の者と食べて、今日の宿を決めたら出かけてみよう。今回の供の中にマリアンヌを知っている者はいない。それほど神経質になることはない。
大樹とはよく言ったものだ、緑の屋根に茶色の外壁可愛い窓、お菓子屋さんでもおかしくない。入り口のドアを開けると、紺色メイド服を着た女の子と小さい女の子が店番をしていた。
「ララ。お客さん」
女の子が奥に声をかけた。メイド服の子は丁寧に頭を下げた。
「いらっしゃいませ」
「初めてなんだけど、家族の土産に良いものありませんか」
「男性なら男性用の体用液体石鹸、人気あります。体臭を消して汚れも落とします。冒険者に人気あります」
壺を指した。
「こちらの女性の三点セットです。いかがですか?髪と体用の液体石鹸、バラの香りがほのかにします。ハンドクリームも人気です。香りは春の花とバラとオレンジが、あります」
小さなメイドさんは、一生懸命覚えたことを説明している。上手に言えましたと、褒めてあげたくなる、そこに先ほどのお嬢さんが笑顔で出てきた。息が止まるかと思った、出会ったころの若いマリアンヌがいた。思わず驚きを悟られないように言った。
「マリアンヌ…こ・この三点セットの春の香りをください」
「これから暑くなるから、フルーティーな香りもお勧めです」
「私の所は、北の辺境なので春が待ち遠しいのです。今はまだ、冬の終わりの頃なので」
「私、北スノウ領住んでいました。長い雪の冬が終わって春が来るのは、待ちどおしいものです。春の香りの方が良いかもしれませんね」
優しい声は、彼女と同じものに思えた。
結局、春のセットに男性用の洗剤を購入した。妻への土産と聞いて、三点セットはかわいい巾着に入れてくれた。すべてを受け取って支払いを済ませる。
「スノウには帰らないのですか?」
「スノウで母が雑貨屋と薬屋をやっています。まだまだ現役です。今は縁あって、ここでお店を開きました。ここで頑張ります」
明るい笑顔。今幸せですと言っているようだった。
「そう、ありがとう。君も体に気を付けて」
色々聞きたかったが、不審者に見られても困る。仕方なく宿に戻った。宿に戻ると受付で手紙を渡された。差出人は、アイザックの元領主、マリアンヌの両親だった。
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