25 ネイル、ダリア、コール、ジークの薬師見習い
わたし(ネイル)は実家で見習いをする。長男のジークより私の方が優秀。だから家を継ぐのはジークよりネイルの方が望まれてると思っていた。半年の研修とはいえ自宅で過ごすネイルは、いつものようにふかふかの布団の中でダラダラとメイドが来るのを待っていた。
「いつまで寝ている!皆起きて食事前の仕事があるのに!今日から見習い研修だろう。家に遊びに帰ってるわけではない。さっさと起きて身支度をしなさい。専属メイドのアリスは研修期間は、ネイル付きから外してあるからそのつもりでいなさい。ぼ~としてる暇はない。すぐに調剤室に来るように」
いつもと違う父の苛立った声にネイルは驚いた。淡いピンクのワンピースを着て父の所へ向かった。父にじろりと見られた。
「ロックの下について仕事を覚えなさい。これから6ヶ月は父ではなく師匠と。ロックは兄弟子になるから言葉に気をつけなさい。そんな服装では掃除さえできない。お前は!どういうつもりでここに来ているんだ。見習い研修中は弟子部屋で寝泊まりするのを、母さんが騒ぐから許したが・・・情けない。ジークは、昨夕自分で荷造りして見習い先に向かったというのに」
ネイルはなぜ自分が小言を言われてるのか、掃除をしなければならないのか分からなかった。
「ロックさん、私何するの?もう掃除終わってるよね。調剤させてください。わたしランクC+作れるんです」
仕方なしに兄弟子にやる気を見せた。
「まずは挨拶だろう。たとえお嬢さんでも見習い研修をしっかり受けてもらわないと、あっしが師匠に怒られる。下働きから入っている弟弟子の見本になって下さい。
10歳にも満たない子供が親元を離れ住み込みで弟子に入りる。いつか薬師になるという夢を持って。それでも、薬師の資格が取れず薬師補助で終わることもあるのです」
それがどうした。能力なければ仕方ないだろう。私は調剤できるんだもの兄さんより才能あるのに、なに威張ってる。ネイルは苛立つばかりだ。
散々な初日だった。調剤しようとしても誰も手伝ってはくれない。薬草を使おうとすれば予約分だと取り上げられる。緩衝液や脂基素材は何処にあるかも分からない。
ネイルは苛立ちだけが募った。兄弟子より知識も技術もあるのに!1か月たっても調剤はやらせてもらえなかった。
「ガシャーン 」
響き渡る陶器の割れる音。すり鉢を床に投げつけた。もう5日も薬草を磨り潰している。なぜ同じことをやらせる。いやがらせか。それとも私への妬みな。頭に血が登ってる私の頬に父の手が思いっきり振られた。
「お前は何を習ってきたのだ。何もできていないから、掃除やもの運びの雑用しかできない。それさえ真面目に出来ていない。薬草を刻んで摺り潰すのは薬草を取り扱う最初の基礎だ。なめらかに、塗りやすく、塗り心地の良い軟膏の元になる作業だ。
それも理解できず道具に当たるとは情けない。そのすり鉢がいくらすると思っているんだ。学院は辞めろ。お前には薬師の心構えが出来ていない。私は経営者としても先輩薬師としても、ネイルお前を雇わない」
理不尽な父の暴力にネイルは、自分の部屋に駆け込んで泣いた。父にぶたれたのは初めてだった。母は黙って抱きしめてくれた。その後ネイルは研修を放棄した。
ジークは60を越した老薬師に住み込み見習いに入った。兄弟子たちの話から、まずは調剤室の掃除。埃を立てず箒で履いて雑巾で磨く。ララから風魔法掃除の仕方は教わった。これはなかなか便利。
老夫婦のため高い所や重たいものを動かしての掃除が出来ていなくて、とても喜ばれた。薬師1級であっても店舗は持っていない。店舗を持つには資金も人材も必要とする。若い時は大店の薬師として勤めていたらしい。今は自宅で調剤して近くの店に卸している。
ジークの真面目さと懐っこさに、老夫婦はすぐにうちとけひ孫のように受け入れられた。ジーク自体も老薬師の真摯に仕事に向かう姿勢に身の引き締まる思いがした。
年寄りは朝が早い。それより早く起きようと思っているが。夜は自分の調剤の練習や勉強で寝るのが遅くなり、なかなか起きれない。
「まだ早いからゆっくりでいいよ」
実家の兄弟子たちも早く起きて掃除や雑用を済ませ調剤できるよう努力していた。5年働いて薬師試験の資格がもらえる。それから何回か試験を受けてやっと2級が取れれば優秀だと言っていた。
「学院に行けていいですね。その上錬金まで進めるなんて庶民には夢ですね。せっかく神様からもらった機会を大切にしてください」
ジークは、出来る仕事は雑用でも掃除でもとクルクル働いていた。兄弟子たちの指は緑に染まっている。私もいつか薬草で指が緑に染まりたいと思った。
薬草の見分け方、刻み方、磨り潰し方、やっていることは同じでも結果が違う。何度も何度も繰り返して、師匠の腕を見て盗む。師匠の皴のある手でジークの手を取り擦り潰しの感触を教えられた。ペーストの練り加減、や基材との合わせ、確かに今までと薬の出来が違う。
休みの日学院に報告に行った。図書館での調べものをしたりで終わってしまう。何度かコールと鉢合わせした。コールの所は実家の関係のせいか、お客様扱い。掃除なんてしなくていい。準備された器材と薬草で先輩についてもらい調剤する。良くできてると褒められるがランクが上がることが無い。この見習い研修でいいのかと、悩んでいるようだった。
あっという間の6ヶ月だった。 老夫婦に惜しまれつつジークの研修は終わった。
ダリアは元貴族の薬師の所に住み込みで研修に入った。師匠は学園の卒業生で、学園長に習っていたらしい。学園に入って初めて身の回りのことを一人でやることを知った。掃除の仕方も洗濯も、何もできないことを正直に話した。
「貴族なんてそんなものよ。いずれは、親の進める相手と結婚するから仕方ないわ。何もできなくても 周りがやってくれる。私もそうだったからダリアさんの気持ちよくわかる。ゆっくりやって行きましょう。見習い研修はそういうことを踏まえて、薬師の仕事の在り方を学ぶ機会だから。それで、貴女はいずれお店を開くのかしら?そこまでお家の人も望んでいないかな?」
師匠の所には、キッチンメイドとハウスメイドが通いでいる。ダリアは自分の身の回りと調剤補助をしながら研修を続けた。とても快適だった。スミス先生の方が厳しい。このままここに就職したくなってしまった。
休みの日、自宅に帰りゆっくり休む。たまに学院に顔を出した。ララの護身術や商業ギルドへ研修に出ているのに驚かされた。どこに向かっているのかと不思議に思う。
それぞれが、悪戦苦闘した半年。無事見習い研修を終えて学院に戻ってきた。少し逞しくなって。
学院再開の日、ネイルの姿はなかった。スミス先生はそのまま持ち上がりで受け持ちとなった。錬金薬は自分の作る過程で魔力を練りこむことで、薬効を上げることが出来る。
だだ魔力を注げば出来るのではない。毒に変質することもある。教科書通り作って、自分の魔力の色で成分に変化を見る。それを確認しながら自分の魔力をさらに練りこむ。ララは聖魔法を知らず知らず練りこんでいた。今回はみなと同じ自分の風の魔力を中心に練りこんでいくことにした。
静かな部屋でゴリゴリすり鉢で薬草を磨り潰す音の合間に ”パリン””ガチャン”とすり鉢が割れ、あちこちに草汁が飛び散る。そしてバタッと人が倒れる。魔力切れ。ゆっくり流すことに夢中で、魔力の残量に気が付かない。
慣れた手つきでスミス先生は生徒を寝かせ、初級魔力ポージョンを飲ませる。よくあることらしい。気が付いたら自分の汚したところは自分で掃除をする。また最初からやり直し。地味に苦しい。進歩が見えない。
ゴリゴリ、ガシャン、ネルネル、黒焦げ 煙モクモク、バタンキュー・・・。ゴリゴリ、ガシャン、ネルネル、黒焦げ 煙モクモク、バタンキュー・・・。ゴリゴリ、ガシャン、ネルネル、黒焦げ 煙モクモク、バタンキュー・・・。
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錬金薬製剤で B 以上を作らなければならない。
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そんなことを繰り返す。ついにすり鉢を割らなくなる者が出た。鍋が焦げなくなった者。煙を出さなくなった者。倒れる回数が減ってきた。
錬金に進んだ4人は、争うよりも助け合う。情報を分かち合う道を選んだ。見習い先で気が付いたこと。薬草の種類で薬草自体のマナ量を加味すること。すりこ木棒に力が入りすぎて、知らぬ間に魔力が多く流れること。へらで鍋をかき混ぜる時の手ごたえの変化。魔力の流すタイミングと切るタイミング。失敗したことを書き出し、良かったことは取り入れて調剤を続けた。
誤字脱字報告ありがとうございます